止まぬ権力闘争・カンボジア 1997年5月取材

写真:王室の威光を背に、総選挙に勝利したラナリッド王子だが…  

 カンボジアの正月である四月、プノンペン空港はフンセン第二首相が派遣した警官五十人が厳戒体制を敷き、空港から僅か一キロの警備隊本部にはラナリッド第一首相が配備した戦車四両が待機していた。フランスに亡命中のシリウッド殿下が帰国を予告していたからである。
 シリウッドは、シハヌーク国王の異母弟。二年前までラナリッド第一首相率いるフンシンペック党の事務局長で外相だったが、フンセン暗殺計画に関与した容疑で逮捕された。その後、シハヌーク国王が「今後一切、政治活動はしない」という条件で国外へ逃がしたが、亡命先のフランスで政府批判を続けたことから、国王にも絶縁状を突きつけられ、被告欠席のまま禁固十年の判決が出ている。
 政府の腐敗を糾弾していた同じくフ党のサムレンシー財務経済相は、フンセンだけでなく、ラナリッドにも敬遠され、フンセン暗殺疑惑の五か月前に失脚している。
 フンセンが前プノンペン政権から継続して軍と警察、官僚を抑えていた上に、こうした段階を経て、前回総選挙では第一党だったフ党は実質、野党の地位に甘んじ、フンセンに権力が集中している。
 昨年三月すでに連立政権を降りると宣言していたラナリッドは、九八年に予定されている次期総選挙に向けて反フンセン勢力を結集するため今年二月末、フ党を中心に野党の仏教自由民主党やクメール国民党などと連合民族戦線を設立。それに対抗し、フンセンも仏教自民党から分裂したイエンモリー情報相派や、フ党に反旗を翻したウンパン元運輸通信相派のほか、十党と連合している。
 そうした拮抗状態へのシリウッド帰国計画は、両首相の決裂を決定的なものにした。ラナリッドは今年三月のフ党大会で「シリウッドは今も我が党員であり、彼の正義を信じ、恩赦と再審を求める嘆願書を国王に書こう」と呼び掛けている。一方、フンセンは「フ党が彼を擁護するなら、軍事衝突もあり得る」と息巻いている。香港まで帰ってきていたシリウッドは四月十日、「他の乗客の安全が確保できない」と、プノンペン行きのドラゴン航空機に搭乗を拒否され、ドイツへ引き返している。
 七十四歳のシハヌーク国王は白内障の手術のため滞在中という北京から「シリウッドを恩赦はしないが、両党が暴力でこの問題を解決するなら王位を降りる」と切り札を出し、息子ラナリッドへは「この件でフンセンを敵に廻すつもりはない」という手紙を送っている。また、自分の後継者選びについて、「私が指名するか、政府の王位継承委員会が過半数以上で選任するかだ」と言いながら、現憲法の選任制より、思惑が入り込む余地がない世襲制を好んでいる。こうした両者を天秤に掛ける国王の発言は、前回総選挙でフンセンの人民党が第二党となったことに対し、二首相制を提案した真意と同じく、流血回避を優先させてのことだろう。
 フンセンは自らの独裁体制を実現させるために、ラナリッドを新国王に祀り上げたいのだというのが大方の観測だ。実際、フンセンは「殿下が王室から籍を抜かずに、政治に関わるべきではない。政治に関与するなら、この国の王室は絶える」と言っている。シハヌーク国王が退位を仄めかしたことも、フンセンの目には、次期総選挙で尊王派のフ党を有利にする策略にしか映っていない。フンセンは「選挙期間中に退位や死去があれば、選挙は即刻中止し、先に君主制か共和制かを決める。現状では憲法がいう一週間以内に新国王は決まらず、大混乱を招く」と主張している。共和制を目指すフンセンは、現憲法の「君臨すれど統治せず」を楯に、やはりライバルを王位に祭り上げる算段のようだ。一方、ラナリッドは自分が政治に関与するのは現憲法に抵触せず、フンセンは「人権を侵害している」と言い返している。政治家の権力闘争を余所に、市民たちは、昨年の史上最悪の洪水とネズミの異常発生で自家消費用のコメにさえ困り、賃仕事を求めてプノンペンへ殺到してている。また、テロや軍事衝突の余波で、今年三月だけでも三万人の外国人がカンボジアを去り、市民経済も打撃を喰らっている。
 ポルポト派壊滅作戦も本来は、祖国の統一と平和、経済復興のためだった。だが昨年八月、ひとたびイエンサリ派の約三千人を帰順させると、両党は軍事力で劣勢にならないようにと、投降兵の取り込みに躍起となった。財政難から治安部隊を縮小させられていたサーケン内務省副大臣は「テロリストを無差別に政府内に取り込んでいる」と、権力闘争に見境をなくす両党を批判した。だが、兵士たちは待遇や個人的感情でいずれかの党を支持するので、彼らは党の私兵とも言え、クーデターや内戦の危険もある。また、挽回を狙うフ党は、シェムレアップ北方のアンロンベン要塞に立て籠もるポト派タモク将軍へ使節を送るなどしている。
 四月十九日、与野党逆転という新たな局面を迎えた。少なくとも十一人のフ党国会議員が、フンセン支持に回り、イエンモリー派五人とモリナカ党一人を合わせると、国会百二十議席中六十八がフンセン派となった。ラナリッドの党内独裁に嫌気がさした党員が、フンセンの資金力に吸い寄せられたと地元記者は見ている。だが、総選挙に不可欠な選挙法可決には三分の二、八十議席が必要である。フ党が自らの敗北を確認することになる選挙を、法案を通さないという方法で延期させる可能性も出てきた。
 カンボジア人は初めて自分たちの手で自分たちの未来を決めることになる次期総選挙。戦乱が二十年以上も続いた国に、国連によって民主主義が移植された。それが根付くには、四年という歳月は短すぎるのかも知れない。
(文・阿佐部伸一)