クワガタラッシュに沸く寒村 ラオス/2000年8月取材
 外国産クワガタの日本への輸入は「農作物の外虫となる」などの理由で禁じられていたが、 一九九九年十一月の植物防疫法改正で四十四種が解禁となった。最大種として珍重されるグランディオスオオクワガタもこれに該当するが、 生息地ラオスでは売買が禁じられているため、いまだに密輸が横行している。シェンクアン県の農村を訪ね、その背景と実情に迫った。

 写真:クヌギの大木に登り、煙草でクワガタを燻り出すシダーさん=シェンクアン県で

  日本が引き起こした"ビジネス"

 雨季、粘土状になった赤土の道は、車高のある軍用トラックで辛うじて進むことができた。深さ五十センチの轍が刻まれ、両側のジャングルの木々が車体を擦っていく。県庁所在地ボンサヴァンからベトナム国境へ向かって約四十キロ、ゴールドならぬ"クワガタラッシュ"に沸いているというナサン村にたどり着いた。
 サーと呼ばれるクヌギの大木に、地元の農民シダーさん(40)は軽々と登っていった。「メスがいるぞ」。六メートルほど登ったところで叫んだ彼は、鼻歌交じりで木肌にナイフを当てる。先ほどからのくわえ煙草は伊達ではない。クワガタが眠る穴を押し広げ、煙で燻り出すのが彼の捕獲法である。この間わずか五分足らず。黒光りする甲虫を地上の相棒に投げ、シダーさんはこう言った。「オスもいるけど小さいな。六センチ以下のは売れないし、捕らないよ」。周囲の木が二本、根こそぎ切り倒されている。「木に登れる人は、私を含めて五人だけ。あとの人は木を切って捕るんだよ」と彼は苦笑した。
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 愛好家垂涎の的、クランディス

 この村から、前年だけで千匹を超すクワガタが日本に渡った。日本では外国産のクワガタは農作物の害虫となり、生態系も乱すと輸入が禁じられていたが、一九九九年十一月の植物防疫法改正で四十四種類の輸入が認められた。
 中でも愛好家垂涎の的は、最大種のグランディスオオクワガタ(学名=Dorcus Grandis)。輸入解禁前から水面下、高値で取り引きされてきたグランディスの生息地が、ここシェンクアン県なのだ。
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 農業収入の三十倍

 シダーさんの住むクー村はこの森から約五キロと一番近く、五十五世帯の農家の八割以上がクワガタ捕りに精を出す。それもそのはず、月七百円ほどの農業収入に対し、この"副業"はその三十倍以上の大金をもたらすのだ。もっとも、クワガタはラオスではさして特別な虫ではなく、「メン・マーイ(木虫)」とか、「メン・キーム(ペンチ虫)」と大雑把に呼ばれている。だが、バイヤーが訪れるナサン村では、グランディスを第一種、ラオスオオクワガタを第二種、アンタエウスオオクワガタを第三種といった具合に、種類ごとに番号を付け厳密に認識していた。そして、第一種が最も珍重され、サイズが大きいほど高値で売れることも常識だった。

写真:一人当たりのGDPはラオス全国平均の三分の一程度。現金収入がなくても、これまで田畑や森の恵みで暮らしてきた山村だ=クー村で

 シダーさんの着古したTシャツの胸元に、きらりと光るものがある。昨年八.五センチもある「第一種」を仕留めて得た一万八千円で買ったという金のネックレスだ。一方、一日四十匹捕まえても、二種と三種ばかりだと総額二千円にもならないという。それでも彼は、「こんな割の良い仕事は他にありません。お金を貯めてバイクを買うんです」と目を輝かせる。そのバイクは現在往復四時間歩いて通っているクワガタの森へ行くのに使うそうだ。
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 ドル札がいっぱい

 村の入り口にある食堂で、紫色のランニングシャツ姿の男が、真っ昼間から焼酎をあおっていた。赤ら顔のこの人、ブン・ペン副村長(48)こそが“元締め”。シダーさんら農民が捕ったクワガタを日本人バイヤーに販売しているのだ。彼によると、この年はすでに三人の日本人バイヤーが訪れていた。彼の妻が切り盛りする食堂の奥には、「見本」と称してプラスチックケース入りのクワガタが鎮座していた。その脇には、札束が無造作に詰め込まれた箱がある。
 「今グランディスは品切れ。これは三種だから安いよ、一匹二千五百円」と、七.五センチほどのアンタエウスを摘み上げた。シダーさんの話と合わせると、この副村長の懐は相当潤っているようだ。年収こそ明かさないが、「札ビラ切って、一度に千匹買った日本人もいたよ。店にドル札がいっぱいになっちゃってさぁ」と、笑いが止まらぬ様子だ。


写真:焼酎漬けのクワガタを手に、笑いが止まらないブン・ペン副村長=ナサン村で

 コーラのペットボトルに入っていた焼酎が底をつくと、彼は戸棚の奥からいそいそと新しい酒を取り出してきた。「客には出さない特別な酒なんだよ」と大事そうに抱える瓶には、黒い甲虫が五十匹以上ぎっしり詰まっている。彼いわく、クワガタ焼酎。「足が取れちゃったりして、売り物にならないのを、生きたまま漬け込むんだ」。それを美味そうに啜ると、エイズに効き、精力剤にもなると言って記者に試飲を勧めた。
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 水面下で業者急増

 ブン・ペンさんらブローカーの間では、グランディスを「黒いバッファロー」と隠語で呼ぶ。品切れだったバッファローを見ようと、ポンサヴァン市街のブローカー、ワイ・サオペンさん(28)を訪ねた。年間百匹以上のクワガタを扱う彼の年収は二十万円弱。六.五センチのグランディスに七千円以上の値が付いていた。これまで最大のものはシダーさんが捕ったのと同じ八.五センチで、三万円ほどで売れたという。

写真:六.五センチの「黒いバッファロー」=ポンサヴァン市で

 いま街中が、クワガタビジネス参入の機会をうかがっているようだ。旅行代理店を営む中年の女性も、「お土産になるんじゃないか」と一週間前に三匹仕入れた。名前を尋ねると、「クワガタ販売が本業と思われるのは心外ですので」と断られた。だが、彼女が名乗らない本当の理由は、ラオスでは現在クワガタの売買が禁じられているからだ。事の発端は三年前。日本人バイヤーがクー村に入り、千匹単位で買いあさったため、農民たちがクワガタ捕りに奔走した。「木虫」が好む木や、生態までは与り知らぬ彼らの多くが、森の木を片っ端から切り倒していったのである。
 森林資源の損失を憂慮した当局は森林法を適用、クワガタを車ごと没収し、バイヤーを再入国禁止にした。
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 生息地と輸入国のズレ

 クワガタ捕りそのものを禁じるのではなく、捕獲法を周知させ、輸出税をかければ、最貧国ラオスに新しい産業が芽生えるのではないか。農林省シェンクアン県事務所に、その可能性を聞いた。だが、カンポン・ウドムスーク副所長(45)は、「木を切らないという条件で業者が申請して来れば検討しますが、今のところ誰もいません」とすげない。
 輸入解禁になったとはいえ、クワガタを日本に持ち込むには輸出国発行の学術証明書が必要だが、ラオス政府は証明書を発行していないし、その予定もないという。
 となると、現在日本で売られているラオス産グランディスは全て密輸品ということになる。それだけにか、日本国内の業者はどこもグランディスに一番の高値を付けている。クワガタ専門店に問い合わせると、七センチ以下で約五万円、八センチを超えるものは十万円以上が相場。八.五センチだと、十五万円は下らないようだ。
 植物防疫法改正から一年。観光客など一人も訪れることがなかった東南アジアの寒村は、日本人バイヤーの影に一変した。法改正が取り引きを健全化し、ラオスなど熱帯雨林を持つ国には昆虫産業が興るという見方もあったが、その道は険しい。今一度、生息地の情況を顧みる必要がある。
(文・写真 阿佐部伸一)

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