戦場に花を ―― ラオス観光元年 ラオス/1999年8月取材
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 東西冷戦の最前線とされていたインドシナに平和がやってきた。だが、同時に冷戦下ゆえにあった戦略的援助は途絶え、 ラオスやベトナム、カンボジアは以前にまして自力で経済開発を行わねばならなくなった。 また、将来を約束され東側へ留学していたエリートたちも、新たな価値観のもと、新たな人生を切り開かざるを得なくなった。 なかでもほとんど報道されてこなかったラオスが自助努力を始めている。今年と来年を「ビジット・ラオス・イヤー」と定め、 観光に活路を見出そうとしているのである。謎の石壷が点在するジャール平原の遺跡開発に取り組む元エリートを通して、ラオスの今を見る。

 戦後も戦争

写真:三年前不発弾の被害に遭ったタヌン・サイ君。不自由な左手を隠し、俯いた=チェンクアン県ナパ村で

 「元通りの身体になりたい」。動かない左手を庇って俯いていた少年はぼそりと呟いた。頭蓋骨を失った右側頭部は脈打つ血管が透けて見える。
 ここは首都ビエンチャンの北約三百七十キロ、チェンクアン県ナパ村。タヌン・サイ君(13)は三年前、不発弾の被害に遭った。田で友達と虫採りをしていた彼は「ボンビー」と呼ばれる爆弾を見つけた。ショックで爆発する仕掛け爆弾とは知らずにテニスボール大の鉄球を投げて遊んでいて、頭に当たって爆発、脳が露出する大ケガを負った。首都の病院に運ばれ一命は取り留めたが、左半身麻痺と知的障害が残って小学校を二年留年、ようやく四年生になったという。同県では昨年も七人の子供が不発弾で死んでいる。
 この県は武器弾薬の補給路だったホーチミンルートが通り、ラオス共産党発祥の地でもあったため米軍の度重なる絨毯爆撃にさらされ、二十年以上経ったいまも不発弾や仕掛け爆弾が高密度で埋もれているのである。第二次インドシナ戦争で米軍がラオスに投下した爆弾は百五十万トンに上ると言われる。
 ラオス共産党の前身、パテト・ラオ(ラオス愛国戦線)は独立を認めなかったフランスに勝ち、五七年にプーマ連合政権擁立に漕ぎ着けたが、親米勢力との内戦が再発。ソ連と冷戦状態にあったアメリカはインドシナの赤化を阻止しようと内戦に介入、ベトナムでの戦局を不利にしていたパテト・ラオの解放区を通ってメコンデルタに通じるホーチミンルートも切ろうとしたのである。
 タヌン君の治療費はアメリカの非政府援助団体が支払ったというが、彼の身体が元に戻ることはない。彼が大ケガをした田では、母親が三日前にも五つの「ボンビー」を見つけ、役場に処理を頼んでいた。戦闘こそなくなったが、彼のような被害者は仕掛け爆弾や不発弾がある限り後を絶たない。
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 鳴りっぱなしの探知機

 謎の石壷で知られるジャール平原。だが、遺跡には前線基地などが置かれていたため、空爆の対象とされ不発弾の密度がさらに高い。

写真:ジャール平原を安全な観光地にしようと不発弾処理に励むスチャートさん=ラオス・チェンクアン県で

 プッ、プッ、プーププ。石壷の間の赤土に金属探知機を這わせると、渇いたブザー音が絶え間なく鳴る。スチャート・ペーラシーさん(39)はホテル経営の傍ら、九年前から不発弾処理を続けている。この遺跡をラオスの代表的な観光地にするのが彼の夢だ。なだらかな丘陵に直径十メートルはある大穴。二百五十キロ爆弾が炸裂した跡だ。周辺の石壷は割れ、なぎ倒されている。爆弾の破片や不発弾、地上戦に使われた銃弾などにスチャートさんの探知機は鳴りっ放しだ。
 一回の探知で見つかる武器は一キロ前後、うち半分が弾丸で、その二割ほどが危険な不発弾だという。「この作業は集中力がいります。でも、私は兵士を三年やっていましたから」。彼はこの日、ナパーム弾の燃え残りのほか、アメリカ製小銃M16の未使用弾と、パラシュートの金具を掘り出した。
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 農民たちの副収入

 農家の縁側では、老女が糸車を回している。「丈夫で、木の柱みたいに取り替えなくてもいいからね」。高床式の家を支えているのは、長さ一メートルほどの爆弾。門柱や花壇、垣根、井戸の釣瓶、飼葉桶、調理道具など、武器が村のあらゆるところで転用されている。
 旧ホーチミンルートを行けば、戦車や飛行機などの残骸を積み上げたくず鉄屋に出くわす。戦後四半世紀が過ぎたというのに、止めどなく出てくるその量から、ここがいかに激戦地だったか推し量れる。農民たちが掘り出したばかりの“収穫”を売りに来ていた。泥まみれの機関銃を秤に乗せたスリーさん(33)は、二千キープ(約百二十円)を受け取った。「農閑期には朝から夕方まで探して回ります。これしか(収入は)ないですから」。かつての武器は、ここではくず鉄。一キロあたり鉄なら八十五円、アルミは九百円、銅は千八百円ほどで買い取られる。タヌン君が大ケガをしたボンビーも持ち込まれる。殺傷力を高めるため内部に仕組まれている鉄球がそのままバイクのベアリングに流用でき、小さな鉄球一つで三円と高額だからだ。「でもね、ボンビーは玉を出して持って来ないと買ってくれないんだよ、危ないから」。
 灌漑設備がなく一年の半分は農作業ができず、米軍が空中散布した枯葉剤で作物が育たなくなった田畑も多い。この国の一人当たりの平均年収は三万円前後。こうした負の遺産が農民たちの貴重な副収入となっている。
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 負の遺産を観光資源に

 スチャートさんは自分で遺跡から取り除くほか、くず鉄屋からも買って壊れた武器を集めている。「これは全部ベトナムにくず鉄として売られてしまいます。戦争とはどういうものなのかを子供たちに伝えていきたいのです」。まずはホテルの一室に展示し、将来は戦争博物館を建設する計画だという。
 花と民族楽器をあしらったラオス観光年のロゴマークが示すように、この国の見所は緑深い自然や、五十近くに上る少数民族の文化など。しかし、チェンクアン県商業観光局のセンルアン・ポンマウォンサー副局長(52)は、戦争の傷跡も観光資源と考えている。「インドシナ戦争抜きにこの国は語れません。戦争の遺物はそのまま残して、戦争は決して良いものではないと、次世代や観光客にアピールして行こうと思っています」。スチャートさんが考えているように、同局も戦車や大砲、不発弾などを一か所に集めて展示する予定だという。


 
写真:「丈夫で長持ちするから」と爆弾の薬きょうを建材などに転用している村人たち
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 「墓標ではなく、花を」

 ラオス共産党幹部の息子として生まれたスチャートさんの少年時代は内戦の真っ只中で、彼も戦火を避け洞窟生活を強いられたという。東独で六年間経済学を学んだ後、中央銀行のエリート行員になったが、官僚主義や社会主義の腐敗に疑問を感じて退職。その後、ラジオ局の記者をしていた時に出会った元米兵から金属探知機を買った。最初は行方不明兵や中央情報局(CIA)が隠したとされる財宝探しに協力したが、米兵の認識票が一個出てきただけで、むしろ不発弾の多さに驚いたという。
 「当時は解放に賛成でした。しかし、いま振り返れば三十年にもわたった戦禍という代償は高すぎたと思います。植民地時代からの旧支配層を倒して、社会主義体制の下もっと早く国が開発されると思ったのですが…」。ラオス共産党政府が開放政策をとったのは八六年、ベトナム同様に総人口の十分の一に当たる四十万人もの難民を出した後だった。
 スチャートさんは金属探知機で過去の宝を探すのではなく、未来に宝を生む土地を拓くことにした。チェンクアン空港近くの遺跡の不発弾処理と、舗道や案内所の建設プロジェクトを国連機関に提案し、二十万ドルを県にもたらした。その後も私財を注ぎ込んで不発弾処理を続けた結果、今ではジャール平原に十三か所ある遺跡のうち、三か所が安心して観光できるようになっている。同県のホテルも十六軒、計三百八十一室にまで増えた。地元紙『ビエンチャン・タイムズ』は今年四月、「観光産業が外貨収入のトップに」と一面で報じた。昨年度の観光客数は五十万人を超し、観光産業が得た外貨収入は七千九百九十万ドルに上った。一昨年は繊維、木材、宝石に次ぐ四位だった観光が一躍トップに踊り出たのである。
 高官の椅子を捨て、観光開発に半生を捧げるスチャートさんは打ち明ける。「戦争が終わってこの国に残されたものは、荒れ果てた土地と貧困でした。私はこの地に墓標を建てるのでなく、花を咲かせたいのです」。国土は日本の本州ほどもあるが、山がちで、人口はわずか五百万人ほど。大規模農園や労働集約型産業が興る条件はない。共産党政府は開放経済を推進し、世界的な潮流は自然や文化に価値を求め始めた。観光に賭けるスチャートさんは時代が変っても、やはりラオスを背負って立つリーダーのようだ。
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 観光開発の代償 … 国民作家、ブンタノン・ソムサイポール氏語る

 経済開放政策自体は悪いことではありません。たとえば、テレビがタイの国会を映し出すことは、良い意味でラオスの刺激になっています。微力ながらも、独裁を続ける共産党に対する発言が聞かれるようになりました。
 しかし、ひとつの事象が持つ二面性を忘れてはいけません。観光産業は重要な財源となりつつありますが、それは同時に文化や伝統の根幹を揺るがすかも知れないのです。
 誰しも便利で快適な生活を望み、その結果、流入するモノがラオスにもたらす影響は甚大です。その反面、観光客がこの国に求めているものは、自分たちが失ってしまったものを再発見することではないでしょうか。自分のアイデンティティを確かめる旅に来るのだと思います。
 ラオスは劇的な変化を遂げています。自分にとって何が大切だったのか、ラオス人にとっても、そう振り返る日は遠くないような気がします。
(文・写真/阿佐部伸一)

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