メコンを渡る大蛇  〜激変するラオス〜      2009年3月取材
YouTube 1  2  3
 悠然と流れるメコンが唯一か所、水煙を上げるラオス南部のコーンの滝。その脇のジャングルには、草に覆われたレールが残り、赤錆びた蒸気機関車のボイラーが転がっている。仏領時代、伐り出したチーク材をメコン川で運んでいたが、落差があるこの区間だけ森林鉄道に積み替えていたのだ。以来1キロも鉄道がなかったラオスに今年3月、国際列車が走り始めた。

 写真:メコン川にかかるミタパープ橋を渡る国際列車

  鉄道開通と発電所完成

 東北タイ、国境の駅ノンカイからレールが延ばされ、ラオス側にはタナレン駅が新設された。その間、わずか3.5キロ。午前と後に一往復ずつ、ディーゼル機関車が客車3両を牽引し、二国を15分、大人一人50バーツ(約150円)で結んでいる。
 国境を成すメコン川に約1100メートルのミタパープ(友好)橋がオーストラリアの援助で架けられたのは1994年。以来、旅客はバス、貨物はトラックで両国を往き来してきた。
ラオスは内陸国で港がないだけに石油などの重量貨物をタイから鉄道輸送するのが目標のようだ。レールはこの橋の中央に敷かれ、列車が通る時だけ車を通行止めにしている。 3月中旬、記者が乗車した日の乗客は50人ほどで、殆どがタイ人観光客。ラオス国内の名所旧跡を訪ねるというより、走り出したばかりの国際列車に乗って、日帰りで外国旅行を楽しもうというもの。
 ラオスの首都ビェンチャンへは、タナレン駅で入管手続きを済ませた後、バスに乗り継いで西へ40分ほど走らねばならないため、便利になったとは言い難い。ちなみにタナレン駅の駅前には駐車場が拡がるだけで、土産物屋一軒あるわけでもない。
 鉄道開通と並んで今年、カモムアン県にこの国最大のナムトゥーンU発電所、1070MWが完成、12月に商業運転を始める予定だ。ちなみに、1963年に竣工した黒四ダムは335MW、78年運転開始の東海第二発電所は1100MW。ラオスのGDPの7割に相当する総工費は16億ドルという国運を賭けた巨大事業だが、資金の7割以上が国際機関や外国からの借金である。

写真:いよいよ今年12月から商業運転に入るナムトゥーンU発電所。その電力の95%はタイへ輸出される=カモムアン県ヨンマラーで

 ナムトゥーン川水力発電の構想は1970年代に遡り、具体的な開発計画は93年に世界銀行とラオス政府、外国の民間企業との間で調印された。その後、97年のアジア通貨危機で事業はストップ、工事着工は2005年11月とずれ込んだ。同発電所の水源を確保するナッカイダムは昨年8月に閉められ、満水時には450平方キロメートルという琵琶湖の三分の二に匹敵する巨大ダム湖も出現した。
▲ 上にもどる
 ラオスは本当に最貧国?

 ビエンチャンの旅行社、MKツアーのマニセン・カンファイ社長(56)は、ラオスの魅力は豊かで美しい自然と人々の素朴なもてなしだと、観光客の増加を期待していた。しかし、その一方で「ラオスは面積の割に人口が少ないので、開発は全然問題ありません」と楽観的で、「もし開発しなかったら、2000年前の暮らしですよ、耐えられますか」と笑う。確かに、電気がなかったり、病院まで半日かかる生活は、こと現代の日本人には考えられない。
 しかし、日本の6割ほどの広大な森に覆われた国土に、わずか607万人が暮らすという環境は、ヒトも生態系の一部として他の動植物と共存していけるバランシングポイントであり、ラオスは地球上に残り少ない"桃源郷"かも知れないと思うのは通りすがりの外国人だけの価値観だろうか。 国連は、国民のカロリー摂取量や健康指数、識字率、それに製造業とサービス業がGDPに占める割合などを勘案した上で、国民一人当たりの総所得が750ドル以下の国を『後発開発途上国(LDC)』とし、一般に最貧国などと呼ばれている。
 これに従えばラオスは最貧国となるが、この判定基準には換金せずに自家消費したり、物々交換したりする農作物や採取物、労働力、開墾した農地などは所得に計上されない。2020年までに貧困からの脱出を目指すラオス政府にとって、売電で外貨を獲得できるダム開発が切り札であることは分からなくもない。しかし、この国に飢餓の歴史はなく、難民が出たのも喰えないからではなく、内戦や政治体制からであった。
▲ 上にもどる
 開発憂う社会主義政府の公務員

写真:開発を皮肉る小説を書いた公務員で作家のフンラウンさん

 ところで今年、ビェンチャン郊外に住むラオス人作家、フンラウン・デンウィライさん(47)が開発をテーマに書いた短編小説集『古い古い絹織物』が東南アジア文学賞を受けている。その中の『水路を嫌った田圃』という作品は、灌漑用水路が完成すると、農民は地価が上がった田圃を売り払い、便利になった道路沿いで店を始めたという話だ。フンラウンさんは「店や商売をやりたかったなら、水路は必要なく、道路だけを造れば良かったということです」と、人心を読まないトップダウンの開発を暗に批判する。ダムと引き替えに手厚い補償を受け取った村人たちの将来を示唆しているとも受け取れる。
 フンラウンさんは文部省で月刊誌の編集長を務める公務員だが、政府内でも高い評価を受けていることから、ラオスという国は一党独裁の社会主義国でありながら、少なくとも開発を功罪両面から見る自由はあるようだ。校正の手を止め、夕ご飯の用意をしながら、彼は続ける。「開発は社会の"可愛い"部分に影響を与えますね。ネギやミント、ニンニクなどを庭に植え、ラープを作って、隣近所に分けるとか、そんな風景がどんどんなくなっていきます。後を歩く人は、先を歩く人より良い道を選べるでしょう。ジャングルで前の人が蜂に襲われたら、後の人は違う道を行くようにね」。
▲ 上にもどる
 15年振りの定点取材

 ナムトゥーンU発電所の計画が具体化した94年、ダム湖に沈むことが明らかになったばかりのナッカイ高原ナッカイタイ村を取材している。当時は田で餅米を作り、森で野菜や小動物、家や日用品を作るための資材を調達し、ほぼ自給自足の暮らしをしていた。同村のニン村長は当時、こんな風に話していた。「村人の一人としてダムは欲しくないのですが、政府の決定には従わなければなりません。だけど、もし水があれば、魚が捕れ、その魚を売る市場も出来るんでしょうから、暮らしもちょっとは良くなるんじゃないかと思っているんです」。2006年4月からの2年間で、このナッカイタイ村を含めた17村の計1236家族、約6800人が立ち退き、1キロから15キロ離れた17の移転先に、それぞれ以前と同じ村名の集落ができた。

 農林省農業局のブンオウム・ドゥアンファラチャン副局長(60)は90年代前半、ナッカイ高原のダム開発調査の責任者を務めた一人。「我が国はアセアン諸国で最も森林が残っていて、山とメコンの支流があり、幾らでも電気を作れ、『アセアンのバッテリー』を目指しています。しかし、森の保水力があっての水力発電で、水がなくなればダムは単なる巨大な記念碑になってしまうことも分かっています」。なので、同省は森林を自然保護林とダム水源用、産業林の三種に分け、プランテーションのための開墾を制限、現在42%と減っている森林率を、2020年には70%まで回復させる計画だと胸を張る。農業では伝統的な焼き畑を止めさせ、有機農法と養牛を奨励しているという。だが、ナッカイ高原が未発見の動植物を含めた種の宝庫であるという視点では、ブンオウム副局長と終ぞ話が噛み合わなかった。
▲ 上にもどる
 科学者の忸怩たる思い

 環境アセスメントはナムトゥーンU電力会社が行ったので、調査に10年以上かけたと強調しても、その結果ダム建設を取り止めるという選択肢はなかった筈だ。今回の取材中、電力会社で住民補償を担当しているラオス人に接触できた。留学先で博士号を取ってきたという40歳前後の男性は、匿名を条件に実情を話してくれた。立ち退き対象の村の経済や教育、医療、文化などを調べ、それに見合った代替地と補償を村人に提示し、村人が承諾すれば、移住させ、その後も見守るという仕事をしているという。しかし、調査の難しさはと問うと、村の総生産や就学児童、動植物の種類などを数値化して纏めなければならないのだが、村長を含めて統計記録を付けてきた人が誰もおらず、その能力がある人もいなかったと答えた。また、自ら動植物の生息調査をしようとしても、ラオス政府に地域への立ち入りを禁止されたこともあったという。「反対派をかわすポーズと言われても、仕方ない側面もあります」と、一科学者としては忸怩たる思いを吐露する。

写真:移転したナッカイタイ村で15年振りに再会したニン前村長(左)=カモムアン県で

補償漬け?

 移転先の新村には5軒に一つの井戸と当面無料の電気がある住宅の他、小学校や保育所、村役場、村会議場、市場、倉庫、精米所など少なくとも6つの公共建造物が建てられた。加えて、17村全体で2軒の保健所を建設し、救急車として4台の四輪駆動車と12台のバイクを配備した。また、材木や家具、民芸品を作るための製材所を運営したり、プランテーションに植える苗を供給するナッカイ高原村営森林組合(VFA)を、電力会社は支援している。
 移転したナッカイタイ村で15年ぶりに再会したニン前村長(57)は、「良いですよ、ここは。水、電気もあって、家も建ててくれたし」と、電力会社の補償に満足している様子だ。移転先の北1キロほどにある以前の村は、すでに半分くらい水没しているという。だが、「思い出とかはないですよ。ここへ越して来たら、こっちの方が良くて。森は全部枯れてしまったけど、今は漁業で暮らせるようになったし、船は便利ですよ」。新築の広い家で孫の守をしていた妻のコムさん(47)も「前の村だと、水汲みに1キロも歩いたけど、ここはきれいな水が出る井戸が近くにあるし、良い道が出来て、どこへでも行けるし」と喜んでいる。
 ナムトゥーンU発電所は、高原の川をダムで堰き止めてた貯水湖からトンネルで水を落として発電するダム水路式。その取水口近くで、船から魚を水揚げしている人たちに会った。一回の漁で一艘あたり収穫は5キロほど。1キロ約130円で業者が買ってくれるという。業者が用意した発泡スチロールの箱に、氷と一緒に魚を詰めている。以前は、川で魚を採っても、道が悪くて売りには行けず、もっぱら自家消費用だった。出現したばかりの湖で、彼らが早速漁業を始められたのも、電力会社がグラスファイバー製のボート600艘と木製ボート50艘、それにナイロン網などの漁具を配ったからだ。
▲ 上にもどる
 生態系変化の兆候

 電力会社は毎週ダム湖の水質検査をし、ダムの上流下流での魚類の生息調査を続ける一方、アジアゾウやカメなど野生動物を保護するため、30か所に湿地帯を造成し、密漁パトロールを行うとしている。
写真:水没して半年余り、完全に枯れてしまった大木=ナッカイ高原のダム湖で

 だが、ボートでダム湖を縦断してみると、そこは見渡す限り白骨木が水中から突き出す死の世界。まるでSF映画のロケでも出来そうな奇妙な風景だ。ナッカイダム近くで、電力会社支給の白と青のツートンカラーのボートを操る二人組の漁師に会った。ダム下流に位置する彼らの村は水没こそしていないが、川で魚が全く採れなくなったので、上流のダム湖に来ているという。はえ縄で「ガン」という魚が採れ、やはり1日5〜6万キープ(約550円)になるそうだ。採れた魚を見せて貰うと、雷魚のような「ガン」ばかり。取水口近くで氷詰めされていた魚と同じで、魚種が非常に限られている。
 森の恵で自給生活をしていたニン前村長も、生態系の変化を感じていた。「水位がだんだん高くなって来て、動物たちはジャングルの奥へ逃げて行ってます。他の種類はまだあるけど、『ボン』というタケノコもなくなったよ」。しかし、採った魚で得たカネで、野菜や肉を買うなど、村人たちの生活様式も大きく変わってきている。急に便利になった暮らしに村人たちは舞い上がっているようで、5年、10年先のことは考えられないようだ。

 パイロット事業ゆえの丁重さと見切り発車

 大規模水力発電ダムの計画はメコン本流にもあり、ラオス、タイ、カンボジア各政府は2007年11月までに、上流はラオス北部のパクベン、下流はカンボジアのサンボーまで計8箇所で民間企業に実行可能性調査の許可を与えている。ナッカイダムとナムトゥーンU発電所は、こうしたメコン流域開発計画の最初の大型事業だったことから、今後の国際支援を得るためにも模範的な施策を実施しているように見える。ナムトゥーンU電力会社は利害関係者向けウェッブサイトで、立ち退き住民への補償と環境への配慮を2015年まで継続するとしている。だた、その補償の土台となっている統計が、極めてアバウトで怪しいと言わざるを得ない。また、補償漬けにされる村人たちの労働意欲や金銭感覚の変化も憂慮される。
▲ 上にもどる
 ダムの本当の経済性は?

 政府や企業が言う「経済社会の持続的開発」に疑問を抱くNGO『環境回復への地域連合』は、80年代後半からダム開発計画を見守ってきた。プレムディー・ダウルアン副代表(44)は「ラオスの自然環境のなかでも、特に高い価値を持っているナッカイ高原にダム湖を造るのは、非常にセンシティブなことです。私たちは政府や企業が何のリサーチもしてこなかったことを見ています。ダムは魚の回遊を妨げ、魚の減少が人々の暮らしに直接影響することを、とても心配しています。かけがえのないものを失い、それで本当に経済性がこのダムにあるのでしょうか」
 ナムトゥーンU発電所は発電した電力の95%をタイへ輸出し、25年で建設費を返し、ダムは電力会社からラオス政府に移譲されるというのは、政府と銀行と企業の目論見だ。しかし、資本主義経済が頭を打ち、永遠の右上がりはないと実証された今、カネで買い戻すことができない悠久の自然を、わずか数十年単位の利潤のために犠牲にして良いものだろうか。
 電力会社に雇われている立場上、露出を避けたラオス人博士は別れ際、「ビエンチャンへの帰り道、是非ナムトゥーンTの建設現場へ寄ってみると良い」と謎めいた提言をした。ボーリカムサイ県パカディン郡のメコン川に沿って走る国道13号線から山へ入り、尾根を越えメコン支流のナムトゥーン川が見えると同時に、博士の提案の意味が判った。緑が抉られた山肌がコンクリートで固められ、広い道路や溝が出来ているが、人っ子一人おらず、不気味なまでに静まり返っている。一箇所に集められた重機を住み込みで管理していた男性によると、ナムトゥーンT発電所は2年前に着工したが、昨年12月に工事がストップ。電力の買い手のタイが世界同時不況の煽りを受けて電気料金の値下げを求め、追加融資を受けられなくなったそうだ。工事再開の目処は立っておらず、建設機材は競売にかけられるという噂を耳にした。電気を輸出して貧困を解消しようというラオスだが、それは同時に、世界経済の波の直撃を受けることになる。

 「メコン川に石亀が浮き、大蛇がメコン川を渡る時、ラオスは永遠に発展する」。この国には、14世のランサーン王朝から伝わるこんな格言がある。石亀がミタパープ橋で、大蛇が国際列車ならば、何に向かって発展するのか、それが大事だ。
(文・写真 阿佐部伸一)

▲ 上にもどる