再発見、心のなかの台湾 ── 作家・黄春明と市民 1996年5月取材
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 「民主化の仕上げ」と言われた総統民選があった台湾で、 『さよなら再見』などの邦訳で日本でも知られる社会派の人気作家・黄春明さん(57)は政治変革の喧騒をよそに、 村おこしや児童劇に没頭していた。彼はなぜ。そして、台湾市民の思いに迫る。

 写真:ボランティアが演じる児童劇「新桃花源記」
 伝統民家の再現・消えゆく方言採取

 原発予定地と太平洋に挟まれた国道を、黄さんの故郷、宜蘭県へ走る。村おこしの現場は七年前三村が合併してできた梅花社区。人口わずか千四百九十人の農村だ。毎年台風が襲うこの地方の民家は、田畑から取り除いた石を積んで防風壁を作り、野山で手に入れた木や竹、茅で建てられた。しかし、台湾の飛躍的な工業化で、若者は都会へ。残った老人亡き後は、そうした民家も朽ちるに任されている。
 「伝統的な民家はその土地の気候風土に見合った建て方で建てられてきました。建築学科の学生は高層ビルの建て方は習っても、台湾の民家については何も知りません」。そう嘆く彼は、この夏、学生たちを招いて二百年前の民家を再現するセミナーを開く。腕に覚えのある老人たちが、材料の集め方や、建て方を伝授する先生役を二つ返事で引き受けている。また、歴史的景観の保護と民俗博物館建設を目標に、民家や民具の保存を村人たちに呼びかけている。しかし、観光客が来て、若者が戻らなければ続かない。彼は環境に配慮しながら「お祭り広場」や「一万本のスモモ林」などの観光開発も計画中だ。
 消えかかっていたのは民家だけでない。小説や映画の中で早くから台湾の方言を使ってきた彼は、村々をまわって方言を採取、辞書作りを急いでいる。清朝以前から台湾で暮らす人たち(本省人)の本来の言葉は、閔南(みんなん)語や客家語、そして先住民族の言葉だった。しかし、日本語の後は、国語(北京語)を強いられ、学校でもメディアでも百年近く自分たちの言葉を否定されてきた。八十年代から徐々に公の場でも解禁された方言だが、もはや若者の多くは会話は出来ても、読み書きできない。
 村おこしや方言辞書の編纂、そして児童劇に力を注ぐ理由を、彼はこう語った。「台湾の人たちは政治経済だけでなく、自分たちの言葉や慣習も、日本と国民党に規制されてきました。この土地の主人は自分たちなんだと思うことを、この間の総統民選まで許されていなかったと言えます。だから今、彼らは『土地アイデンティティー』に不安を感じているのです。自信を持つためには、まず彼らが自分の文化を再認識しなくてはなりません」。
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 「桃源郷」はどこ?

 彼が梅花社区で復活させようとしているのは本省人の伝統文化だが、児童劇では村おこしの意義を包含する大きなテーマに取り組んでいた。
 黄春明作・演出の児童劇「新桃花源記」はこの四月、台湾の五つの地方都市を巡っていた。彼は「政治は別として」と断った上で、「台湾文化は中国と切っても切れない“へその緒”で繋がっています。しかし、コピーするのではなく、新しい解釈とアイデアを加えて自分のものにして行くのが文化です」と説く。劇は東晋時代(317〜420年)の詩人、陶淵明(とうえんめい)の「桃花源記」をベースに、京劇の化粧や動きを取り入れてはいるが、古典の再現ではない。原作は苦しい現実からの逃避物語だが、彼は「桃源郷は遠くへ探しに行かなくても一人ひとりの心の中にある」と解釈をしている。そして、そんな抽象的で難しい内容を、子供でも面白く観られるよう、軽快なミュージカルに仕立てている。

写真:劇を見に来た少年たちと話す黄春明さん

 楽屋で化粧をしていた李明○さん(24)=東呉大英文科学生に「あなたの桃源郷はどこですか」と聞いてみた。
 「台湾です。だって、私はここで生まれ育ち、家族も友達もここにいますから。どんなことがあっても、やっぱり私の桃源郷は台湾です」と、まるで事前に打合せが出来ているような答えだった。新聞広告を見て集まった劇団員には、彼女のような学生のほか、小学校教師、雑誌編集者、国営企業の社員、行政院の職員もいる。黄さんに共鳴する彼らは、休暇を取って出演している。劇場から出てきた子供たちに同じ質問をすると、「学校!」、「家かな。だって暖かいもの」と。中には「ゲームセンター!」「劇場の中にあったよ」といったひねた答えもあった。桃源郷が各人の心の中にあるなら、それは各人の故郷。転じて「台湾人の桃源郷は台湾」という彼の狙いは伝わっているようだ。
 ところで劇の結末は、敵視していた大食漢の大ウナギに餌をやって仲良くなると、村に平和と繁栄が戻り、捜し求めていた桃源郷は自分たちの村だったと村人が悟るハッピーエンドだ。大ウナギが中国を暗示しているように思えたのだが、黄さんは「人間も生態系の一部として、自然と共生すべきと言っているのです」と。台湾民主化で新たな局面を迎えた中台関係には、雄弁な彼も触れない。
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 民主化=「台湾化」

 乗り合わせたタクシー運転手(48)は「国家には威厳が必要。独立すべきだよ中共(中国)の軍事力が勝らないうちに」と真顔で言う。寺を写生する子供に付き添っていた主婦(37)は「中国の歴史は分裂と統一の繰り返しでしたから、いずれ統一されるでしょう。子供は留学させます。安定した生活のためですよ」と子の将来を憂う。幾多の犠牲を出し、自ら手にした自由だが、圧政が長かった裏返しか、人々の心は希望と不安に大きく揺れているようだ。
 黄春明さんは小説や映画を通じて、台湾庶民の苦しい生活や、言うに言われぬ想いを描いてきた。六十年代には、ラジオ記者として取材した市民の声を当局の圧力でボツにされたり、「小説に思想的な問題がある」と警察署に連行されたこともあったという。「政治犯として投獄されたことは」と問うと「それはなかった」と答え、作家活動を続けてこられた秘訣を話してくれた。「その時々の限度を少し超えた所を狙い、登場人物で凝り、比喩、隠喩表現を使ったのです。そんなテクニックで、また面白くもなりましたが…」。いま彼が、中台関係や統独論争に直言を避けるのも頷けた。
 庶民を、台湾を愛して反体制と目された黄さんの主張は今も変わっていない。だが、彼の村おこしは宜蘭県の游錫坤知事が後押しを申し出ているし、劇の公演は台湾省政府教廰(教育委員会)の主催だった。つまり、国民党政府の方が変わってきたのである。日本と入れ代わりに台湾へ渡ってきて専制政治を敷いた国民党も、台湾生まれの二世、三世の時代になった。そんな台湾で「民主化」といえば、それは「台湾化」にほかならない。
 劇の最終公演先、南投市を散歩した。日本のお袋の味といった惣菜が、普通の食堂で平然と出されるのには驚く。かと思えば、車も気にせず道路の真ん中で赤い紙幣を燃やして死者を弔っている。そんな光景を黄さんはこう観ている。「今の台湾文化は、中日両文化の“混血児”のようなものです。しかし、たとえ罪な結婚で生まれた子供でも、その子には罪はありませんし、新たな人格があります」。こうした歴史をも容認した「土地アイデンティティー」が人々のコンセンサスとなった時、台湾は台湾人の本当の桃源郷になるのでは。甘辛く煮た厚揚げをほうばってそう思った。
(文・写真/阿佐部伸一)

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