心の性になるために  〜性同一性障害特例法の余波〜      2005年8月取材

  戸籍の性、変更可となり1年

写真:女性として暮らすターイさんだが、経済的な理由から、まだ手術は受けていない=バンコク市内の運河で

 日本で性同一性障害の人が戸籍の性別を変えられるようになって丸1年が過ぎた。その条件の性別適合手術を国内で受けるには、年単位の歳月と数百万円の費用がかかる。手術を待っている人は約3,000人、希望者は3万人前後いると見られる。一方、この分野の先進国・タイを訪ねる日本人患者が急増している。現地に最新の動きを追った。


  受容されているが、「絶対に無理」

「女と認めて欲しいけど、Mr.です」。ターイさん(26)は、なんとか写真だけは女で作ってもらったという身分証明書を見せる。「ターイ」は「兎」という意味なので、日本なら、さしずめ「うさちゃん」。民間では性同一性障害に対する差別が少ないタイでも、役所では問題になり、公務員にはなれないと言う。よって、戸籍上同性ならば内縁関係まで、入籍はできない。ターイさんは日本の法改正を、「とても良いことだと思うけど、タイでは絶対に無理でしょ」と、期待もしていないようだ。

 性同一性障害とは、心と体の性が一致せず、自分の体に強い違和感を抱き、社会的、精神的に困難を抱えている状態。日本では数万人に一人の割でいて、原因は胎生期のホルモンの影響などが指摘されている。

  ターイさんは4人姉妹の3番目で、男子校だった中学で、すでに「ゲイ」と見られていた。それでも、気にならなかったというのは、全校生の約1割が「自分は女性」と思う生徒で、そんな“同性”でグループを作っていたから。ここタイでは性同一性障害の人たちの多くが、ターイさんのように街の薬屋で簡単に入手できるホルモン剤を飲み続け、顔や体つきも女らしくなり、女として堂々と生活している。

  そして、性別適合手術は「治療」として定着していて、タイ人ならばチュラロンコン大学メディカルセンターで手術が受けられる。条件は18歳以上で、7万5千バーツ(約24万円)の費用を払えること。精神科の診断書は不要とのことだ。「手術は受けたいと思ってます。欧米人には、手術していないタイ人と長く続いている人もいるけど、タイ人の男にはそんな理想的な人はいないので」。ターイさんは夕暮れの運河で、そんな風に語ると、夜の街へ出勤して行った。

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  日本人、前年比3倍の急増

 都心の並木道に、噴水と万国旗がホテルのような7階建て。バンコク・ナーシング・ハウス(BNH)は受診者の9割以上が外国人という私立の総合病院で、スタッフに日本語通訳もいる。ここの最上階にあるパイ美容研究所に、プリチャー・ティウェトラノン所長(63)を訪ねた。

写真:「日本では違法な手術だったから、専門医が育っていない」と、日本人患者急増の理由を推測するプリチャー所長=パイ美容研究所で

 性別適合手術を受けた日本人は、今年7月末までで昨年度の2倍、このペースだと3倍を超すという。月平均5人強、法改正以降ここだけで60人以上の日本人が手術を受けている。アメリカ人に次ぎ、総数の約3割を占める。所長は、日本は特例法が施行されたことで、潜在していた性同一性障害の人たちの意識が高まり、手術希望者は3,000人いると見積もっている。「日本ではこれまで違法な手術だったから専門医が少ないでしょ。タイは技術や設備が良い割に費用が安いですから」。同研究所での手術は6,500米ドル、空港送迎や通訳、前後の高級ホテルも込みで1万2,000米ドル。また、前後のケアは日本の病院でして、手術だけ受けに来るパッケージの患者もいるという。

 「この病気の患者さんは可哀相ですよ。身体は男性だけど、脳は男性であることを認めない。精神科へ行っても薬しかもらえないので、患者は切ってほしいと思っています」。所長は日本の有名大学の元教授からだと言って、エアメールを取り出した。「この人はずっと女性になりたいと思っていたのですが、50歳になるまで一人で悩んできたんです。思いあまって、自ら自分の睾丸を切除しようとして大量出血し、再来月ここに手術を受けに来る予定です」。件数の急増に加え、特例法施行後は、いわゆる社会的地位の高い日本人も来るようになったと言いたいようだ。

 しかし、誰にでも施術しているわけではない。条件は精神科の診断書と、ホルモン治療の2年以上の継続が二本柱。さらに所長は、過去5年間女性の服装で女性として生活していることや、自分は生まれつき女性だと感じ、男性と結婚できないことを付け加えた。女装趣味や、セックス目的、それに、自分の性器を傷つける自虐癖のある人とは、厳密に区別しているという。「過去25年に約3000人を執刀しましたが、一人も元の性に戻してくれという患者はいませんよ」と、事前判定には自信があるようだ。ただ、女性から男性への手術は「まだ問題がある」と、これまで約60例しかない。
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 手術はしたが、戸籍は男のままで

写真:「オカマを売り」にしているので、戸籍の性を変える気はないという弘子ママ。左は女性従業員=タニヤ通りの『カレッジパブ屋根裏』で

 今年7月現在、国内で「公的」に性別適応手術を実施しているのは、埼玉医大、岡山大、関西医大の3医療機関だけで、手術まで2年以上かかることも少なくない。健保が適用されず、複数の医師が関わることなどから、女性への手術費は百数十万円〜約200万円、男性へは約450万円と高額な負担となる。

 「日本では百年待っても順番は廻って来ないでしょう。そやから、みんなタイとか外国でするんですよ」。そういうのは、バンコクの日本人バー街の名物ママ、久我弘子さん(35)。この人は日本にまだ合法的な手術がなかった1993年、シンガポールで済ませている。京都で働いていた12年前、「大阪のオカマのボスが、1人50万円位のコミッションを取って、『シンガポール性転換手術ツアー』を主催してたんよ」。抜け駆けされては自分の儲けがなくなるので、ボスは病院名と医師のファミリーネームしか教えてくれなかったが、弘子さんが調べて電話すると、「日曜に来て、月曜の朝一番で来院して」と。フィリピン人男性との交際で覚えた英会話が、思わぬ所で役立ったという。医師の指示で、シンガポールの精神科を2軒廻って、2通の診断書を入手。2泊3日の入院で手術し、帰国した。「当日と翌日は痛かったけれど、副作用みたいなのもなく、術後は良好でしたよ」

 弘子さんは手術を受けたシンガポールに戻って店を5年やったが、同地の日本人が半減しバンコクへ移動。この店は4年目になる。シンガポール時代、声も姿も男だが、相手の目を見て話せない日本人に、執刀医を紹介してくれと頼まれた。しかし、逆に医師から思いと留まるよう説得してくれと。その男性は後にタイで手術を受け、今の店に姿を見せた。うつむいてばかりだった内向的な印象からは程遠く、快活になっていた。「人は見かけに拠らず、本人にしか分からない悩みがあるんやね。あの時、反対したのを謝らんと」

 戸籍の性を家裁で簡単に変えられたと、弘子さんは友人から聞いている。「でも、私はオカマを売りに店をやっているし、店の権利書やパスポート、クレジットカードなど全部、変更手続きするのが厄介なんよ。戸籍は変える気はないわね」。特例法が性別変更を認める条件は、(1)2人以上の専門医が一致して性同一性障害と診断、(2)20歳以上、(3)現在、結婚していない、(4)現在、子供がいない、(5)生殖能力がない、(6)変更後の性別の性器の部分に近似する外観を備える、とのこと。

 全ての要件を満たし、変更ができる人は限られる。(1)は、この障害がまだ認知されていなかった頃に手術を受けた人が診断書を持っていることは希有。(3)は、90年代半ばまでの日本では「体の性に合わせて生きるしかない」と、無理に自分を納得させて結婚した人もいる。(4)は、「子供を持つことで、治るかも知れない」と考える人もいた。(5)と(6)は、手術までは必要としない人や、健康上手術に耐えられない人まで、手術しなければならないと思わせてしまう。
 
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 手術1時間前の訴え

 パイ美容研究所で、手術直前の日本人、Aさん(38)に会った。術前の処置を終え、病室に戻ってきたのは、化粧こそ落としているが、華奢な肩にセミロングの髪がかかる女性だった。

写真:バンコクで手術直前、インタビューに応じてくれた性同一性障害の日本人、Aさん。右はタイランド美容&医療ガイドセンターの通訳=BNHで

「日本では手術する所がないですね。待っている人が多くて、予約も入れられない状態です」と、タイへやって来た理由を話す。観光やビジネスでの来タイ経験はあるが、インターネットでタイの性別適応手術の現状が良く分かったことが、ここで手術を受ける決め手となったという。

 Aさんが心と体がちぐはぐなことに気付いたのは中学生の頃。「詰め襟の学生服がすごく厭で、初恋の相手も男の子でした」。高校に入ると、アルバイトして婦人服や少女漫画を買ったりした。しかし、「単に変態扱いされ、母親に泣かれたので、男として生きようと。男性雑誌など読んで、男の考え方や行動を研究した頃もありました」。

 東京都内の会社に男性の正社員としてAさんが就職した後だったが、性同一性障害を取り巻く環境に大きな変化が訪れた。埼玉医大倫理委員会は1996年7月、性別適合手術を「正当な医療」と容認。日本精神神経学会が97年に定めた「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」に沿って、同医大は98年10月、国内初の公的な性別適応手術を行った。第一例は女性から男性(FTM)だった。

 その翌年、Aさんは「このまま死んで良いのか?男の身体ままだと、きっと後悔する」と思い始めたという。以来、ネット通販でホルモン剤を買い、美容整形に通った。01年5月、東京家裁などに戸籍の性別変更を申し立てた6人の性同一性障害の人たちが、一人も認められなかったことに、Aさんは落胆したという。

 だが、国会は戸籍上の性別変更を認める『性同一性障害特例法』を03年7月可決、翌04年7月16日施行された。カウンセリングやホルモン療法、性別適合手術などを経て、ようやく心の性に合った体になっても、公には変更した性が一切認められなかった不条理に救済の道が開けた。Aさんは特例法施行の一年半前から精神科も受診し、手術の準備をしてきた。「戸籍が変えられるようにならなかったら、手術を受ける最後の決断がついていたか分かりませんね」

 日本の場合、「世間の目が変わっていないので、本来の人生が始まるというほどの期待はない」と言う。Aさんの職場では、仕事内容は男女同じ。「これまで会社へはパンツスーツで行っていましたが、普段のスカート姿を部下たちが個人的に受け容れてくれるかどうかが不安です」

 人生で一番嫌だったことは、「役所などでの性別確認です」。外見と食い違うため、好奇の目で見られ、カウンターの向こうで事務が滞ると、Aさんはパニック状態に陥ったという。「最も分かってほしいことは、趣味でスカートを穿いているのではなく、男性器はずっと邪魔だと思ってきたこと。変態じゃないんだということです。精神的に追い詰められていることを理解してほしいです。手術を受けるというのは、趣味程度のことではなく、相当な覚悟が必要なのですから」。Aさんは、吐き出すように、一気に話した。  手術1時間前となった。改めて念願の手術を受ける感想を聞くと、「やっとという感じです」。結婚は?「したいですね、男性と」。Aさんは弱々しく微笑んで、記者を見送ってくれた。

 特例法の適用条件を満たせず、あるいは、いつ手術を受けられるか分からず、バンコクなど外国へ来る日本人が急増している。タイでは有名な整形外科が「性転換手術、1,625米ドル」と英字紙に外国人向けの広告を出し始めた。特例法は2年後に見直される予定だ。

(文・写真/阿佐部伸一)
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