阿佐部伸一 リポート集

東南アジアの人びと

台湾、香港、イギリス、日本サイバー空間の卑劣 ~急がれる法整備~2025年1月

アカウントと銀行口座の本人確認が必須だが…

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取材を受けたネット被害者、深田義和さん(43)。この日は宿直、夕方から出勤だ=兵庫県神戸市で、2024年12月写す
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結婚を匂わせ、LINEに誘導した犯人は有名俳優と同姓同名を名乗った=深田さんのスマホに残るログ
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プラットホーム提供企業は犯罪を幇助していると話す国府泰道弁護士=大阪市の太平洋法律事務所で、2024年12月写す
 奇しくもこのビデオリポートの仕上げをしていると、Meta社がファクトチェックを止めるというニュースが飛び込んできた。個人的な憎悪から、或いは、世論誘導を図ろうと、事実に基づかない偽ニュースや差別的な論評が日々飛び交うネット社会。そこには詐欺などを目的にした虚偽広告も氾濫している。

サイバー犯罪は国内で検挙されるだけでも年間1万件を超している。被害者が届け出なかったり、立件できなかったりする犯罪は計り知れず、統計すらない。大きな社会問題であっても、犯人の取り締まりや防犯対策、被害者救済は全く十分とは言えない状態だ。

被害者は身近にもいるはずだが、サイバー犯罪は当事者の手の中のスマホで完結し、第三者の目に触れることがない。被害者は騙されたことを恥たり、訴える相手がわからずに諦めたり、家族や親友にすら話していない人が多い。さらには、個人情報保護法の下、メディア企業は具体的な報道が出来なくなってもいる。こうして周囲の人たちには現実味に欠ける犯罪・事件であることが、対策を遅らせているとも言える。

2年ほど前、私はカンボジアにアジトを置く特殊詐欺の日本人犯罪グループを現地取材しようと計画を立てた。アジトの場所をはじめ、かけ子たちに接触できるラーメン店、仲間割れした人物、別件で刑務所に入っている元リーダー、日本の携帯電話のSIMカードを売っている業者などの情報を収集した。だが、プノンペン行きの航空券を買った後で、この取材は断念した。その理由は、カンボジアの元政府高官の旧友からの忠告だった。犯罪グループが現地当局の幹部に“目こぼし料”を払っているので、空港から尾行がつき、取材途上で国外退去になる可能性が大きく、通訳にも大変な迷惑がかかることになると。その数か月後、二国間で合意にいたり、新聞テレビで報道されたように容疑者たちは日本の警察に引き渡された。

こうした苦い記憶がまだ薄れていないところへ、ネット詐欺に遭った男性が取材して報じて欲しいと連絡してきた。とりあえず会ってみると、顔出し・名前出しで報道して良いと。その人がこのビデオリポートで取り上げている深田義和さん(43)だ。詐欺被害者の場合、個人が特定されると、犯行グループが作成している「騙しやすいターゲット」のリストに入れられる可能性が大きい。警察などによると、一度詐欺に遭った人は二度、三度と遭っている。報道がきっかけで二次被害を招くおそれがあることも説明したが、深田さんはSNSで自らの被害体験を発信するそうで、迷いはなかった。その目的は、サイバー空間のリスクを広く知らせ、アカウントや銀行口座の本人確認の徹底と法制化を求める運動を起こしたいからだと言った。

国境がないインターネット社会での本人確認の徹底や法整備は簡単ではないが、リアルな社会同様に個人・企業団体を問わず、契約や売買の際には身元を明かすことが前提になっていたり、必要時には直ちに情報が開示されたりすれば、サイバー空間での問題発言や犯行もかなり減ることは容易に想像がつく。

深田さんの被害体験からサイバー空間の卑劣さを肌で感じてもらい、サイバー犯罪をなくす手立てを共に考えてもらえればと願ってこのビデオリポートを制作した。

(文・写真/阿佐部伸一)

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