台湾、香港、イギリス、日本空調服なしで炎天下作業 ~辞められない高齢者も~2025年8月
歴代最高気温を更新 高齢者に安全な就業を






この清掃の仕事はハローワークではなく、派遣会社でもなく、シルバー人材センターに紹介されたもの。辞めた理由は「請負契約のため、空調服を必要経費として請求できない」とされたからだ。
「熱中症警戒アラート」が発表される日が増えるなか今年6月1日、職場における熱中症対策を強化するため、改正労働安全衛生規則が施行された。熱中症の重篤化防止のため「体制整備」、「手順作成」、「関係者への周知」を事業者に義務付けるものだ。このマンション清掃は、改正された同規則にある「気温31度以上の環境下で連続1時間以上が見込まれる作業」に該当している。加えて、熱中症対策には補助金制度があり、給付条件には60歳以上の労働者が常時1名以上就労していることとある。ちなみに、私は68歳である。
この清掃作業の内容は、通路と庭、駐輪・駐車場やゴミ置き場も含めた外回りの掃き掃除、それに階段室の掃き掃除と拭き掃除で、6月からは除草も依頼されていた。従って、8割くらいの時間を屋外作業に費やしていた。1回1時間の契約だったが、全く機械化されておらず、且つ、一人で当たるため、依頼された仕事を遂行するには毎回2時間近くかかっていた。それも、階段室用にはシュロ帚しか配備されていなかったため私物の充電式掃除機を持ち込んだり、外周り用には粗い竹箒だけだったためナイロン製の箒を持参したりして、作業効率を上げた結果での2時間弱だった。
そこへ今夏の「危険な暑さ」。帽子を被り、首に保冷剤を巻き、経口補水液を持参していたので、熱中症にはかからなかったが、清掃終了時には汗でずぶ濡れになり、シャワーを浴びて下着から全て着替えなければ、次のどんな用にも取りかかれない状況だった。また、ヤブ蚊の襲来もひどく、私物の虫よけスプレーも必携だった。
このマンション清掃は公益社団法人シルバー人材センターから紹介されたものだが、発注者はマンションを管理している建設会社。同センターは紹介だけでなく、建設会社と請負契約を結び、間に入った同センターが発注者然として現場で作業にあたる人とまた別に請負契約を交わしている。
今年7月初頭、私はさらなる熱中症対策が必要と体感し、同センターに空調服1着の購入費を必要経費と認め、その精算を求めた。すでに私費で投入していた充電式掃除機は1万5千円ほど、新たに購入する空調服は1万円前後する。月5千円ほどに通年固定された報酬で、これ以上の経費持ち出しは論外である。だが、同センターは「請負業務になるため対応できません」と却下。「請負」の場合、労働者でないため、労働安全衛生法をテコに交渉に持ち込むことさえできない。個人事業主としての請負ならば、契約時に条件を擦り合わせたり、依頼された業務遂行のために生じる経費の精算も交渉できたりして当然だが、同センター紹介の仕事は、最初の条件を甘受するか、途中で辞めるかの二択しかない。かといって、雇用関係にない同センターや発注者の建設会社に安全配慮義務はなく、労災認定もされず、労働基準監督署の調査もない。
こうした発注者と同センター、作業者の関係に法的な問題はないかコメントを求めるべく、今回5人の弁護士や社労士にそれぞれ取材を申し込んだが、「請負ならば違法とは言えない」という点で、全員に断られた。その中には労働安全衛生規則の改正に伴って熱中症対策を謳っている弁護士もいるが、彼らが扱っているのは事業者側の対策であって、労働者側に立って検証したり、法律の不備などを問題提起したりすることはなかった。
ここで、シルバー人材センターについておさらいをしておく。同センターは高年齢者雇用安定法に基づいて、原則、市町村ごとに設置された公益法人で、国や自治体から運営費の一部が補助されている。全国に約1340団体あり、60歳以上の68万人余りが会員として登録。2004年から派遣としても働けるようになったが、約7割は請負や委任が現状だ。会員の平均年齢は2012年の71.2歳から22年は74.4歳に上がっており、加齢による心身機能の低下で、事故リスクは高まる傾向にある。年間の事故件数は4600件前後で、2022年までの10年間の重篤事故(入院6か月以上)は年28~53件(うち死亡事故18~43件)と増減を繰り返している(全国シルバー人材センター事業協会調べ)。
ところで、総務省労働力調査(2023年)によると、65~69歳の就業率は53.55%で、75歳以上でも11.55%が働いている。一方で、金融経済教育推進機構の世論調査(2024年)によると、「年金だけでは日常生活費程度もまかなうのが難しい」と答えたのは、60歳代で32.6%、70歳代で30.66%に上っている。
「危険だと感じる作業は断わればよい」。それは正論である。私は空調服代で経費倒れにならないよう、このマンション清掃を継続しないという形で、自主的に今年7月いっぱいで劣悪な安全衛生環境から離れた。だが、年金だけでは暮らしていけないという3割強の高齢者は、簡単には辞められない。なぜなら、国や自治体からの補助がなかったり、労働環境を整えていたりする民間企業には年齢で門前払いされることが多く、労働条件を選ぶこと自体が難しいからだ。「技能実習」というタテマエで外国人の若者に所謂3K労働を担わせているように、「生き甲斐づくりや社会貢献」という美辞麗句で高齢者に劣悪な労働環境を押し付けてはいないか。国は各地のシルバー人材センターに任せず、高齢者が安全に就業できるよう、その仕組みの整備を急ぐべきある。