阿佐部伸一 リポート集

東南アジアの人びと

ラオス、ベトナム陸の南沙諸島2016年12月

ラオスに見る中国の南下

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静寂に包まれる経済専区、塔シン湖新天地

スプラトリー(南沙)諸島での中国による人工島建設やその軍事拠点化がフィリピンやベトナムなどとの領有権問題になり、アメリカが牽制し、日本でもシーレーンが通る海域でもあることから喧しく報道されている。しかし「もう半分、中国の植民地みたいになっている」といった噂を聞くラオスの現状はほとんど伝わって来ない。そこで今回は首都ビエンチャンから中国国境を目指しながらラオスの今を見聞してきた。

ビルマ(ミャンマー)とカンボジアへの直行便は飛び始めたが、ラオスへは未だない。日本を朝発ち、夕方タイの首都バンコクへ。ビエンチャン行きの国際線より連絡が良く経済的なので、タイ国内線でウドンタニへ飛んだ。そこからは車を乗り継いでラオスとの国境に架かる第一ミタパープ(=友好)橋を渡り、同日夜には首都ビエンチャンへ入った。小生も勤務先で定年まで半年となったが、1994年にその国際橋の開通を一緒に取材して以来5回に亘ってこの国のあちこちへ同行してくれたラオス人の旧友はすでに公務員を定年退職し、大卒初任給の倍近い年金をもらう好々爺になっていた。

広大すぎる新天地

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今回、見てまわった所。ラオス北西部は北は中国、西はビルマ(ミャンマー)、南はタイと接している。ビルマとタイとの国境はメコン川が成している部分が多い

ビエンチャンは人口70万とされるが、タイの地方都市よりも規模は小さく閑散としているように感じる。中国製の廉価な衣料品や時計などが大量に売られるナイトマーケットを散策し、翌朝は話に聞いていた経済特区を訪ねた。2011年11月28日、上海万峰企業集団がラオス政府と契約を交わした『経済専区、塔シン湖(ターシンフー)新天地』の開発である。ビエンチャン都心から東へ約3キロ、フランス在住のラオス人が近年建てたという巨大ショッピングセンターの隣り、市民の憩いの場でもあった溜め池を埋め立てた土地だ。南隣のカンボジアの首都プノンペンで、中国の銀行がカンボジア初の高層ビルを建て、その西側で湖をやはり埋め立て都市開発が行われているのを思い起こさずにはいられない。

看板にはヨーロッパの街並みを模したテーマパークのような完成予想図を配し、500億ドルをかけて365ヘクタールの「新天地」をと壮大な計画をラオス語と中国語で歌い上げている。当事国が提供するものが土地だけで、経済特区とい う名の下に治外法権が横行しようものなら、かつて上海や青島、大連にあった租界のような様相を、今度は中国自身が目指しているようにも見える。

契約から丸5年が経っていたが、工事は未だ序盤といった感じ。槌音はせず静寂に包まれている。ほぼ完成したように見える高層マンションもあるが、入居が始まっている様子はなく、コンクリート打ちが済んだ状態で工事がストップしているビルも目立つ。中国がラオス政府と結んだ契約では、この土地を向こう90年間、つまり2101年まで借りたことになっている。日本の本州ほどの広い国土に700万人足らずというラオス国民が、いくらエレベーターが設けられているといっても、高層ビルに住んだり、そこで仕事をしたりするだろうか。或いは、香港やシンガポールのように欧米を含めた外国からビジネスマンや企業がやって来るのだろうか。

ASEAN外相会議がビエンチャンで開かれる2ヵ月あまり前の今年5月、岸田文雄外相がここを訪ねている。サルムサイ外相との間で、中国の進出著しい南シナ海の問題は国際法に基づいた平和的な解決が重要という点で一致した。具体的には中国の南シナ海での権利主張を否定し、ハーグの常設仲介裁判所の判決を尊重するよう求めるということである。その折、日本はラオスを横断してベトナムとミャンマーを結ぶハイウェー『東西経済回廊』の改修などに約27億円の無償供与も決定していた。だが、外相会議では中国を牽制する共同声明は出せなかった。全会一致を是とするASEANで、日本の根回しも空しく、中国から多額の援助を受けている議長国ラオスと南隣のカンボジアが反対したからだった。

中国系ラオス人の眼には…

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ラオス生まれの中国人二世、張應源さん

静寂の建設現場を後にし、中国系ラオス人に会いに行った。「南沙諸島の問題はラオスに関係ないし、この国は経済発展のためならば、何でも受け入れますよ」。淡々と半ば諦め顔でそう言うのはビエンチャン中華理事会の張應源副理事長(70)。「今は経済主導型なので、商売と博打が好きな中国人はビジネスができる所ならば必ず出て来ます。道路が繋がったので、気軽に来るようになりましたが、駄目だったらすぐに帰ります。門戸を開いたラオスには沢山の資本が入ってきて、その流れは誰にも止められないでしょう」。彼はビエンチャン生まれの二世。両親は国共戦を逃れて汕頭から船でサイゴンに上陸した後、ラオスへ来て衣料品などフランス製品の販売をしていたという。彼自身はこの地でビニール袋の工場を興したがすでに引退し、いまは同理事会で無料葬儀の慈善事業などをやっている。

この国の大卒初任給は民間企業の社員で150万キープ(2万1,600円)、公務員なら17,300円。法が定める最低賃金は月給で13,300円、労働者の日当は720円、技術者なら1,000円が相場だ。「それにしても、あの特区は大き過ぎます。この国の人口は少ないし、観光地もない。ベトナムから労働者を連れて来るならハナシは別ですが」。すぐに利益が出なくても、中国国内で税金に取られるくらいなら、外国での事業に投資する人も少なくない。貧しい労働者も少しでも収入が良ければ外国の建設現場などへ喜んで行く。大企業はオーストラリアなどへ、中小企業はラオスなどへ出て来ている。

彼によると、今やこの国には年間400万人以上の中国人が陸路入国して来ている。自国人口の6割近くに相当する人数だ。ただし、定住する人は少なく出張の形で、或いは、ラオスを通過してタイ北部が目的地の人も多い。「私たちの時代はパスポートもビザも要らなかったけれど、今は国のルールを守って欲しいですね」と、中国系でもラオスの財界人になった彼らしい発言だ。ビエンチャンの新天地開発の先行きには憂慮する張副理事長だが、中国が建設する鉄道は大歓迎だと言っていた12月下旬、ラオス中部のルアンパバーンでは事実上ラオス初となる鉄道の起工式が催されていた。

中国国境を目指して

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ムアンサイで見かけた中国語の看板の数々

年間400万人の中国人が入って来ていると聞き、中国国境に近いラオス北部の拠点都市、ムアンサイを目指した。陸路だと曲がりくねった550キロの山道を丸一日かけての行程となるので、今回はラオス国営航空を利用することにした。フランスとイタリアの合弁企業が作っているATR72で50分。同航空は中国製の西安MA60も保有しているが、他の路線に使っているようで、国際的な安全基準を満たしていないとされる曰く付きの飛行機には乗らずに済んだ。

ムアンサイを県都するウドンサイ県は人口30万ほど。投資促進を担当している県の商工局によると、今年は263社が計約180万ドルを投資した。食堂や雑貨店などの零細企業や個人事業を含めての数字である。大規模な投資は、家畜飼料や生ゴム、木材加工、乾燥トウモロコシ、スーパーマーケットやホテルといったところ。入って来ている資本は中国が8割、ベトナムが1割くらい。この県では賃金労働者の約6割が中国資本の下で働いている。日本は保健や地場産業などへの援助だけで、民間企業は一社も入ってきていないとのことだ。

農業分野での外国からの投資はバナナやゴム、最近ではインゲンやカボチャ、タバコの農園もあるという。工業分野は少なく、電池工場が1、バイクと耕運機の組み立て工場がそれぞれ1、飲料水パッケージ工場が1。どこも雇用している工員は100人前後か、それ以下と小規模。農産品はトラックで中国に運ばれるが、工業製品は北部ラオスで売っている。完成品の輸出より税が軽減されるので、ここで組み立ているのだ。電池工場は初期に臭気に苦情が寄せられたが、その後改善され公害は報告されていない。いずれにせよ、合意に至らなければが農業工業分野ともに国際事業は始まらず、続かないので、問題は起こっていないという。

だが、バナナ農園は5年ほど前から始まったが、これ以上増やさないよう、新たな申請は受け付けていない。というのは、農薬に対する不安の声が農民の間から上がり、「環境に優しい農業」を政策としているこの国としては看過できず、現在技術者を派遣して土壌調査をしているからだ。県商工局の工業貿易部スリン・ミタパープ副部長(45)は「環境に悪影響を与えない投資ならば、農地を斡旋し、労働者も紹介します。3つ目の発電ダムを建設する予定もあるので、農産物の加工工場も誘致したいと思っています。それに、ここは中国からも、ベトナムからも、タイからも約200キロと交通の拠点になり得るので、将来的には観光を含めたサービス業に期待しています」と。世界で3番目に大きく、ラオス最大の洞窟もあるが、現在は未だアクセスなどを整備中で観光資源にはなっていない。国としては”森の国ラオス”を活かしたトレッキングやカヤッキング、サイクリングなどエコツーリズムで外国人観光客を誘致しようとしている。しかし、中国からの観光客は興味を示さず、もっぱら東洋の秘境に惹かれる欧米からの個人客がちらほら見られる程度だった。

ラオス文字は一字もない赤い幟

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田んぼに立つ赤い幟とブンペンさん宅

12月初旬にはラオスと中国の記者を呼んで現地説明会が行われた。県内には126キロの鉄路が敷かれ、トンネル部分は79.9キロ、計32本が掘られ、駅は9カ所設けられ、2019年にビエンチャンまで繋ぐという計画だ。ウドンサイ駅の用地は長さ3キロ、幅250メートル。その予定地には製麺所もやっている農家があり、立ち退きを迫られているブンペンさん(46)は「国の発展のためだから仕方ないと思っています。ただ、これだけ広い田んぼはなかなかないでしょうし、製麺も続けて行きたいのですが、未だ具体的な補償の話はないんです」と。

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農家が兼業している昔ながらの製麺所

国営テレビ局の記者、マイポーンさん(33)は「ラオスは人口が少ないので、貨物の輸送を考えているのではないですかね」と想像する。中国資本は鉄鉱山の権利を得て採掘中で、重い鉄鉱石を中国へ持ち帰るには鉄道が不可欠ではある。しかし、「黒字にはならないと思うのに、なぜ中国が鉄道を敷くのか分かりません」と不思議には感じている。この鉄道を商業ベースに載せるには、ASEAN10カ国中ラオスの一人当たりの名目GDPは最低で、人口密度が26人/㎢という厳しい条件が立ちはだかっている。建設費を回収しながら利益を得るという計画ではなく、この国に事実上初の鉄道を無償供与することで覇権を握るという思惑しか考えられない。日本もかつてはビルマとの海運は危険だからと泰緬鉄道の建設を強行。工事に駆り出した捕虜や現地労働者に10万人近い犠牲者を出したことからも、採算など考えもしなかったことは明らかである。

しかし、現代のラオスでは各県で委員会を作って、何事も中国側と話し合って決めているので、歓迎ムード一色、政治や文化の圧力を心配している人もいないという。人口が少ないこの国は労働者も絶対的に不足していて、大きなプロジェクトは自国だけでは不可能。鉄道建設では中国は技術者だけでなく、多くの労働者を派遣してくるが、ラオス政府は彼らが住む場所はラオス側が選定し、彼らの食糧もラオス国内で調達するという条件を勝ち取っている。

バナナ園への静かな抵抗

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散水パイプが走り、房にカバーが掛けられるバナナ園

ウドンサイ県の県都ムアンサイから南へ約40キロ、ベン郡ナーメッ村へ中国資本のバナナ農園を見に行った。その運営方法は、村人から土地を10年契約で借り受け、近隣の農民を労働者として雇い、中国から資材を運んできて、果実を中国へ運んでいくという形。ラオスの村々では、バナナは自分たちで食べたり、近くの市場で売るくらいで、本格的に商品作物として栽培したことはなかった。中国のやり方は、苗木を等間隔で植え、散水パイプを敷き、化学肥料や農薬を施し、害虫防御や温度管理のためのバナナの房にビニールや発泡スチロールの覆いを掛ける。

村の肥料倉庫の増築工事をしていたトゥリーさん(30)は「貸すか貸さないかは個人の自由なので、別に反対はしません」と。貸せば1ヘクタール当たり一期10年で2,500万キープから3,000万キープ(36万~43万2,000円)の収入になる。同じ土地で自分たちだけで農業をやっても、せいぜいその三分の一なので、「良い収入になる」そうだ。しかし、村の約350世帯中、契約を結んだ家は2割ほど。

10年間も輪作せずにバナナばかり作ることが及ぼす土壌への影響や、現金収入で暮らすと自分たちの生活が狂ってしまうのではという不安があり、村人の8割方は契約しなかった。家の裏山を貸し、1年にやはり300万キープを得ているという女性(37)は「農薬をたくさん使っていて恐いので、自分はここのバナナは1本も食べたことありません」と。中国企業によるこうしたバナナ園はビエンチャン郊外でも行われていたが、流れ出た水を飲んだ牛が病気になったと農民が中国企業を訴え、その企業は撤退している。

伸び悩む工業部門

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愛想良く工場の説明をする張作方さん

一方、数少ない工業分野。ここでバイクを組み立てて9年になる中国資本のホンシン。応対してくれたセンサン総務部長(38)はここウドンサイ出身で、勤続6年目。ビエンチャンの大学で簿記を学び、若い頃はオーストラリアの援助団体の現地スタッフをしていた。希望の公務員は門が狭く、給料が良い民間も良いかと中国企業へ。ラオスはASEAN加盟国なので、組み立てではなく製造をすれば、タイへの輸出にも税がかからないが、未だこの国にはその人材も設備もない。

2010年からの5年間は、年平均8千台のバイクを組み立てた。70cc、100cc、150ccの3種類で、値段は1台450万キープ(6万4,800円)から11万5,200円ほど。日本ブランドより約2、3割安いが、同じ排気量だと馬力が弱いとラオス人管理職が認める。金持ちは日本製志向で、中国製は庶民に人気があるという。工員は学歴を問わず募集し、募集定員より多く来た時は面接で選び、2ヵ月間の研修にパスすると正規雇用する。月曜から土曜の週6日、昼勤だけの8時間労働で、月給は能力に応じて120万キープ(17,280円)から40,320円、ボーナスは年1回1ヵ月分と、この国では悪くない条件だ。しかし、工員は勤続5年が最長で、農業に戻ったり、技術を身に付けると独立して修理店を始めたりする人がほとんど。中国人は13人が駐在していて、本社との連絡や技術指導にあたっている。

センサン総務部長は「最盛期には120人の工員がいましたが、今は50人しかいません。ユーザーの目が肥えて来ているので、品質を上げなければと思っているところです」と話す。

6年前から操業しているというジュース工場も訪ねた。地名の前後を入れ替えた『サイ・ウドン』というブランドだが、工場は一見して倉庫。真っ青なトタンで囲ってあり、どこにもブランド名は書かれておらず、何々有限公司といった表札もない。ボトルのラベルにも漢字は一文字もなく、全てラオス語なので、消費者は誰も水以外は全て中国製とは知らないだろう。

応対してくれた張作方さん(60)はひっきりなしに煙草を吸ってはいるが、やたらと愛想が良い。ラオス人18人を雇って中国人2人でマネージメントし、ジュースの原液をはじめボトル詰めの機械、ペットボトル、ラベルは全て中国から運び込んでいるという。

ウドンサイ県はホァパン県に次いで最も貧しい県。ラオスの一人当たりのGDPは1,760ドルだが、ここは1,050ドル。工場内に積み上げられた極彩色のペットボトルは、ジュースとは名ばかりで果汁など入っておらず、甘味料と着色料と香料を水で割った代物。卸値は20本パック1個で1万キープ(144円)。店頭では倍の1本1000キープ(約14円)で売られていて、ココナツ味を筆頭にオレンジ味、コーヒー味が人気だとか。一年に1万3千パックを売るっているそうだが、それでは売り上げ200万円にも到かない。助成金などを受けていない民間資本ならば、品質は妥協し、市場の購買力に合わせた価格の商品を提供せねばならず、中国以外の外資が来ていないのも理解できる。

国境も南下か

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ボーテンの入管前で渋滞するバナナを満載したトラック

雲海を見下ろす峰を幾つも越え、鉄道のトンネル工事を知らせる看板を何カ所か見ながら、ウドンサイからアジアハイウェイを北へ約3時間、中国へ向かう大型トラックやトレーラーの渋滞が始まった。入管や税関手続きの順番を待っているのだが、「云」という簡体字の雲南ナンバーが目立つ。中には広東省深セン市ナンバーも。中国との国境は、もうすぐそこだ。

停車しているトラックに近寄ると、その一台はバナナだけを満載していた。段ボール箱には中国語と英語で何カ所にも「バナナ スーパーマーケット用」とだけ記されている。大手スーパーと契約栽培しているものだろうか。バナナの他は、乾燥トウモロコシや生ゴムの塊などを満載し中国へ向かうさしずめコンボイ。トラックの計量所はあったが、機能していないようで、どのトラックも聳えるほど積み上げられた荷物と荷台の沈み具合から、どうみても過積載である。

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中国の国策会社が建設する国際商業金融センター

「ラオス側の入管があるボーテン(=磨丁)の手前では、アジアハイウェイに迫る山を重機で削って整地している真っ最中。今年10月に始まり来年2月には更地にする計画で、ラオス磨丁経済区の国際商業金融センターの用地だ。この工事を請け負っているのは雲南省に本社を置く共産党の企業、『中国水力発電14工程』と工事用ゲートにある。ここだけではなくミャンマーのヤンゴンの貿易センタービルやスリランカの治水ダム、コンゴでは高速道路などを建設している国策会社である。工事用の塀には囲いの壁に「一帯一路 中老経済合作自由港」と。ここはラオス領内だが、ラオスや第三国の資本は皆無、全て中国資本である。中国政府がラオス政府との契約した経済特区だが、中国が国境を押し出して来ているようにさえ見える。建設が進む商用ビルの隣では、免税品店や中国料理の食堂、それにホテルがすでに営業しているが、少なくとも記者が訪れた日は店も食堂も客よりも従業員の方が多かった。

ラオスの伝統建築にある金色の湾曲した屋根のゲートで入管手続きを待っていたシンさん(24)は、ルアンパバーンを拠点に12tトラック1台で運送業を営んでいるという。「きょうはトウモロコシを中国側検問所の先にある倉庫で降ろし、代わりに鉄道建設資材を積んで戻ってきて、ビエンチャンまで運ぶんです」。往復で500万(7万2,000円)から8万6,400円になるという。これまたトラックの減価償却や燃料代を差し引くと、商売になるのか心配になる運賃である。

ビエンチャンを通って中国雲南省昆明とタイ・バンコクを結ぶアジアハイウェイの『南北経済回廊』に加え、ここから3号線を南南西に下った先でタイとの国境を成すメコン川に、第4ミタパープ(=友好)橋が3年前に開通している。この国際橋もタイとラオスとの間に架けられたが、16億バーツ(51億円)超えの建造費はタイと中国の折半で、工事にもタイと中国の企業が当たり、ラオスは同意しただけだった。

今回、ビエンチャン、ボーテンに続いて、三つ目の経済特区があるボケオ県に訪ねる際、中国国境から再び山越えルートを取った。その理由は、ビエンチャンとボケオ間の移動手段はメコン川の船しかなく、周辺国の利益にならない区間には道路が建設されていないからであった。

憂国のNGO

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「チェンコンを守る会」のニワット代表

第4ミタパープ橋を渡ってラオスを出国し、タイの『チェンコンを守る会』というNGOのニワット代表(56)に会った。農民の伝統的作業着姿のニワットさんは「中国の南下政策の影響は、タイだけでなくミャンマーやカンボジアにも既に出ています。タイの場合は、バナナ農園とメコン川です」と話し始めた。

中国企業は3年前からチェンライ県で2,700ライ(約700ha)という広大なバナナ農園を営んでいる。ラオスで拒まれたバナナ園はラオスより民間が強く、自由な経済活動ができるタイへということか。大規模な農業は大量の水を使うので、その農園の川は去年、史上初めて干上がった。除草剤や殺虫剤、化学肥料も心配。農民は自分たちの資源を売って、環境を犠牲にして、農園が得る利益の5%くらいしか貰っていない。本当にこの国の為になるのか疑問だ。ニワット代表は「現在、国の独立機関のタイ国家人権委員会と守る会がバナナ園の近くの川の水を分析しています。基準値以上の有害物質が検出されれば、中国企業を相手に訴訟を起こすつもりです」と。

もう一つの影響はメコン川に出ている。最上流国の中国が自国領内に発電ダムを造ったので、この辺りの水位は中国の都合しだい。1月から4月にかけて川底で育つチェンコン名物の「カイ」と呼ばれる淡水のりは、人も食べ魚の餌にもなっているが、わずか1週間のうちに1メートル以上も水位が変わるようになって量が減っている。同時に、魚も減って廃業する漁師が多いという。加えて、中国はチェンコンの下流90キロ程のラオス領パックベンでもダム建設を計画していて、タイは上流と下流の両側から中国に挟まれる格好になる。農業や漁業、工業用水に関わる水位が他国にコントロールされるということは、流域の国々にとっては安全保障問題である。

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航路を確保するため、中国が取り除きたいメコン川の岩礁

さらに中国は貿易拡大のため、雲南省思茅とラオスのルアンパバーンの886キロに500tクラスの貨物船を通わせる計画を進めている。ニワット代表によると、大型船の航路を確保すべく、既にラオスとミャンマー領内では川中の岩礁をダイナマイトで爆破しているそうだ。タイ最北部とラオスの南西部は、約100キロのメコン川が二国の国境となっている。その下流は再びラオス領内を流れ込みラオス中部の拠点ルアンパバーンに達する。よって、航路を整備したい中国にとってはこの区間が文字通りネックとなっている。タイ・チェンコンの町から上流20キロ、川幅が狭くなっている部分にある多くの岩礁が、いま破壊の対象にされている。国境は川の中央となっているので、ラオスが爆破することを許可すれば、川の北側半分の岩礁はなくなる。中洲や岩礁、水草などが相互に干渉して形成されているメコン川の生態系は、こうした航路建設で大きく変化するのは明らかだ。大型貨物船の通行は中国の利益にはなるだろうが、タイや他の流域国にとっては失うものは計り知れない。

ニワット代表は「中国大使館には何度も抗議文を提出し、タイ政府には中国と安易な合意をしないよう何度も申し入れているんですが…」と厳しい表情を崩さなかった。その意味はこのインタビュー直後に判った。タイ政府が今年末、チェンコン上流20キロの岩礁の爆破を中国に許可したのである。

蚊が飛んでいないバナナ園

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地平線まで続く中国企業のバナナ園

タイ側でも問題になっている中国資本のバナナ園、ニワット代表に聞いたパヤメンライ農園を訪ねた。ゲートにはタイ人の警備員が常駐していて、扉には赤い看板で「立入禁止」とある。その敷地は2,700ライ、約700haと広大で、主にバナナを、生姜やピーマン、インゲン豆も作っている。なだらかな丘陵に等間隔でバナナが植えられ、列の間には他の植物は生えていない代わりに白い散水パイプが走っている。道を挟んだもう一つの区画には、バナナの間にネットが張られていて他の農作物が作られている。この農園が始められたのは3年前で、それまではミカン畑だった。農園へは周辺の村から一人も働きに行っておらず、健康被害や不安からタイ人は殆ど辞め、中国企業は町からミャンマー人や少数民族の人たちを集めて来て、住み込みで働かせているという。公道から写真を撮っていると、どこからともなく車2台が駆けつけ、警備員に厳しい口調で何やら注意していた。

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被害を訴えるルン村長。左は妻

イン川という幅20メートル位の川を隔てて隣接するターナムイン村のルン村長(52)は「あそこのバナナ園は、歩いても、蚊一匹飛んでいないよ。今年4月は本当に困りました」と被害を訴える。同村は約60世帯200人前後で野菜とリュウガンを作っている農村だ。中国資本の農園は乾季から涼季にかけてもバナナに水を遣るため、イン川を堰き止め、その水をポンプで吸い上げ、堰より下流を干上がらせてしまった。「以前は一度もなかったこと」だという。村では今年1月から5月、堰に辛うじて残っていた溜まり水を水道に使わざるを得ず、畑の水遣りや洗濯などにも不足するばかりか、その水で水浴びした村人約30人が赤い発疹に悩まされたという。受診した病院は水が原因だと。

ニワット代表が言っていた通り「役所が川の水を検査に来た」のを村長も見ていた。その後、井戸水で何とか凌いでいるうちに雨期に入って水嵩が増え、被害は自然となくなった。中国企業は川の水を汲み上げなくてもよいよう、敷地内に4本の深井戸を掘ったと聞いているが、次の乾季にどうなるかと不安を訴えている。バナナ園の土地は川向こうで郡が異なることもあって、村長はどこの土地で誰が中国企業と契約したのか知らない。これだけ広大な土地が個人の所有ではないことは確かだ。

ゴールデントライアングルは今…

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かつての麻薬密造地帯に出現したカジノ「藍盾娯楽場」

タイ最北の町、チェンセンはゴールデントライアングルの入口。というのも、メコン川対岸のラオスのボケオ県は特に東西方向のアクセスが非常に不便で、そこを訪ねる人は殆どがタイ側から入るからだ。チェンセンの町からメコン川沿いの道を5キロほど遡ったところに、『金三角特区』への渡し場がある。渡し場と言っても、対岸はラオス領の広大な中洲。つまりメコン川の島へ渡ることになる。入管のみで、税関は表示こそあるが職員はおらずフリーパス。上陸後ラオス入管を出ると「ラオス金三角アセアン国際投資グループ 観光・不動産・ネットバンク・商業・ギャンブル」という巨大な看板が。タイとミャンマー(ビルマ)、ラオスの3国が接する三角地帯から「トライアングル」と言われているが、その大通りの街灯の柱には3国ではなく、中国の五星紅旗を含む4カ国の国旗が繰り返し掲げられている。街路樹に張り渡されていた赤い横断幕には中国語で「金木棉の人たちは力を合わせ、阿片を止め、木綿(カポック)を作ろう!」というスローガン。唯一これだけがミャンマーのワ族や中華民國の残党、そしてクン・サが暗躍した世界最大の麻薬密造地帯の名残か。

タイを出国して以降、船員やタクシー運転手がこの辺りでは珍しくジャケットにネクタイを着けていて、運賃が全て無料なのは、入国者の行き先は例外なくカジノで、彼らは客を迎えるカジノの従業員だからだ。渡船場から5分ほどで着いたカジノ『藍盾娯楽場』。荘厳さを誇示するローマ風の建物だが、円柱もライオン像も天使が舞うテンペラ画も、まるで舞台の大道具。

荷物をクロークに預けボディチェックを受けてカジノ内部へ。ドーム型天井の下にはバカラやポーカーなどのテーブルが40卓。各テーブルに紙幣計数機やモニター、カメラが設けらている。日本なら丁か半だが、ここでは龍と虎。ドラゴンタイガーという追加カードがない簡易バカラが人気のようで、人垣が出来ている。ディーラーが「ノーモアベット」と言って2枚カードを引くだけで、瞬時に勝敗がつく。チップは使わずディーラーの手元には何十センチもの札束が、テーブルの上では中国とタイの紙幣、100元(約1,700円)札と1,000バーツ(約3,200円)札が飛び交う。ここはラオス領内なのにキープ札を見ない。ちなみに、ラオスの最高額紙幣は10万キープ(1,440円)札だが、あまり流通しておらず、滅多にお目にかからない。

体育館ほどもあるディーリングルームの壁際には自動ルーレットやスロットマシン、ATM、コーヒーカウンターが。コーヒーを飲んだり、煙草を吸ったりしている客の近くには、スッテンテンになった客にカネを貸すお兄さんがたむろしている。「5万、10万バーツ?」、「大金だね」、「外では確かに大金だけど、ここでは大したことないよ」。吹き抜けを取り囲む2階はVIPルーム。日本に寿司店用の生姜を輸出していて、毎日のように通って来ているという中年のポロシャツ姿のタイ人客によると、ラオス人女性を2,000バーツで買えるという。ディーラーを含めてスタッフ全員が中国語の名札を着けているが、タイ人やミャンマー人、ラオス人も働いている。月給はディーラーで1万2,000バーツ(約38,000円)、コーヒーの給仕などは25,600円ほど。入場料のつもりで記者も1,000バーツを賭けたが、博才のない身はアッという間に敗退。自分の月給以上のカネをわずか数分で得たり失ったりする客が、彼らの眼にどう映っているのかは聞けず仕舞いだった。

長閑ななかにも自尊心

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夜明けのメコン川。ラオスは対岸

今回ラオスを縦断し、車で約600キロを走った。よく目に付いたのは、建築途中で放置されている家屋。土台だけで、柱を建てたところで、或いは壁まで出来ているのに窓や扉が取り付けられていなかったりする未完成の家屋だ。足場は取り外されているし、コンクリートの変色や草の生え具合などから数ヶ月から数年、放ったらかされているように見える。

ラオス人の旧友に聞けば、ラオスでは建設費用の全額を用意できていなくても着工し、建築資材を買ったり、大工を雇ったりする金が尽きれば、そこで工事をストップ、また資金ができれば工事を再開するという。そんなことは全く珍しくないらしい。無理してでも、とりあえず屋根と窓までは一気に作ってしまわないと、雨ざらしで木が腐ったり、鉄筋が錆びたりして、完成時の美観や強度を損なわないかと心配になる。だが、やはり旧友に言わせると、建築の専門家以外はそんなことは気にしないのだそうだ。中国企業が経済特区で何棟もの高層ビルを、看板に謳っている竣工年にはとても間に合いそうにないくらいゆっくりと工事を進め、完工後も入居者で埋まるのはいつになるのか皆目わからないが、大半のラオスの人たちにとっては、これもまた目くじらを立てるようなことではないのであろう。

最後まで触れなかったが、実は建設がストップした建物の他にも車窓から探していたものがある。特に国境近くでは、陸軍の駐屯地でなくても国境警備隊くらいはあり、人や物の出入りに絡んで緊張があったり、中国が軍事援助を行なったりしてはいないかと。だが、スプラトリー(南沙)諸島では軍事基地を建設している中国も、ラオスの国土ではその兆候すら見せていなかった。自己資金なしに一足飛びに開発したい国や地域では、経済至上の今、武力で威圧する必要もない。

中国の進出が著しいのは、内戦後や政情不安などで国力が弱く、国の財政も外国や国際機関の援助に頼り、インフラが未整備で産業も十分育っておらず、まだ経済が健全に回っていない国々。東南アジアでの中国の狙いは貿易拡大をはじめ、アンダマン海へ達する道路と鉄道、それとメコン川の航路の確保だろう。ビルマ(ミャンマー)とカンボジアでも中国政府の援助事業や中国企業の経済活動をよく見るが、その2国ではラオスより断然多くの中国以外の国々も経済進出していて、中国の影響ばかりが強いというわけではない。

欧米や日本などがラオスに行かないのは、帝国主義的な発展を目的とし、国が保護し特権を与えている半官半民の企業が少ないか、ないから。他方、民間企業にとっては営利事業を成立させることが難しいからだろう。ラオスの人々は豊かな自然と共に暮らして来たが、その豊かな自然は換金しがたいプライスレスなもの。こうした国の開発や産業振興は商業ベースには乗らず、ほとんどが中国の政府援助や国策企業によって進められている。ラオスへの関心が低い日本は、貿易立国でありながら、近い将来アジアの物流や市場から疎外されてしまわないか。他方で、生物の多様性がアジアで最も残っている自然と、その自然と共にあるラオスの人々の暮らしが、目先の利益との引き替えで失われはしないか。それでも、この国の人たちはエコツーリズムで観光客を誘致し、良い現金収入になる工場でも自由意志で辞め、健康や環境に被害を及ぼすバナナ園の拡大を止め、まもなく鉄道建設のために入ってくる何百何千という中国人労働者の宿営地は自分たち選定し、彼らの食糧もラオス国内で調達すると契約した。そんな自尊心を喜ばしく感じた今回の取材だったが、この国にはまた来なければと思っている。

(文・写真/阿佐部伸一)

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