タイロングステイの光陰2003年4月
株安・低金利の今、これまでになくリタイヤ後の海外生活が注目されている。日本国内では倹約を強いられる年金でも、物価の安い外国でならプール付きの一戸建てに住み、ゴルフ三昧の日々も夢ではない。だが、コトはそれほど簡単ではない。ロングステイ先として人気が高いタイ・チェンマイにその実情を見た。
妻とゴルフ三昧の日々
朝陽に小鳥が囀り、銀色に輝くグリーン。河合聡一郎さん(73)は、ここランナーゴルフクラブで毎週二ラウンドを欠かさず廻る。アメリカの映画会社の日本支社長が長かったは河合さんは、引退後チェンマイに来て十年。「良いコースが近くて、安いので、ここに決めました」と言うだけあって、七十を超えた今もハンディ十二という腕前だ。市内の庭付き一戸建てに、三十歳以上若いタイ人の妻、妻の姪、それに、白いプードル犬と優雅に暮らしている。だが、とりわけ河合さんが大金を注ぎ込んだわけではない。ゴルフ一ラウンドが千円以下、クラブハウスの昼食が約六十円、二階建て六Kの豪邸が五百万円弱と、日本の五分の一以下の安さなのだ。
「絶対、見捨てません」
「具合が悪くなれば、私が看病し、医者に連れて行きます。最期まで絶対に見捨てません」。河合さんの妻、クワイカモンさん(42)は、目を逸らさずに言う。
孤独な老後が待つ日本人にとって、そんな言葉は心に響こう。シニアたちがこの地を選ぶ理由には、こうした人情も大きい。照れ笑いする河合さんは、「昔の日本がそうだったように、タイは大家族主義なんです」と指摘する。自分より貧しければ援助して当然と、河合夫人も弟に融資し、姉の娘を預かっている。「家族が助け合うのは良いことですが、それが一番のカルチャーショックでしたね」。河合さんは郷に入って郷に従い、仲睦まじく暮らしている。だが、ロングステイでのトラブルの多くは、こうしたタイの家族関係への無理解が原因になっている。
痴情のもつれ~金銭トラブル
昨年、チェンマイ在住の六十台の日本人男性がダム湖で変死体で見つかるという事件があった。男性は内妻に買い与えた車を乗り逃げされて裁判を起こしていたが、担当していたアピチャート・カンビダ弁護士(44)は、「タイに来て、四人の女性と付き合い、次々と車を買ってやっていました」という。女性たちには金満老人の遊びとしか映っていなかったそうで、警察は入水自殺と捜査を打ち切っている。
また、東京の不動産会社社長に騙されたと嘆くレックさん(42)に会った。「愛しているからと言って、娘に全てを捨てさせたんです」。娘は前夫と別れて、家を出て、仕事も辞めた。だが、日本人は娘と一緒に暮らすとレックさん名義で買っていた家を、一方的に会社名義に変えると言ってきた。タイの法律では、外国人は不動産を買えないため、実際、タイ人に名義を借りることが多い。「大きな夢を抱かせておいて…」と、レックさんは不信感を露わにする。
自然・文化より若い女性
タイ政府は昨年一月から、五十歳以上にロングステイビザを発給し始めた。条件は八十万バーツ(一バーツは約三.二円)以上の預金か、同額以上の年金収入があること。あとは、日本の警察が発行する無犯罪証明書と、公立病院の健康診断書だ。昨年九月には日本企業も参加する第三セクター『ロングステイ運営会社』を設立し、受け入れ体制を整えている。同社のパラック・シマピチャイチェッ社長(61)は、「働きづめだった団塊の世代に、タイの自然や文化のなかで、果たせなかった夢を叶えて欲しい」と誘致する。
だが、若い女性目当てに単身やって来る中高年男性が多いことが、トラブルの元になっているようだ。
「勘違いオジサン」
チェンマイの『三軒茶屋』は、在東京フランス大使館に二十余年勤めた阿部公男さん(53)が三年前に開いた音楽パブ。阿部さんの話し易い人柄に、店は日本人のよろず相談所のようになっている。
「微笑みの国、タイと言いますが、勘違いオジサンが多すぎます」。阿部さんは、中高年男性の九割が愛人や結婚相手の紹介を頼んでくることに呆れ返る。「微笑んでいるのは、自分にではなくて、財布の中身にだと分からないんでしょうかね。二、三回会っただけで車や家を買ってやっておいて、後で騙されたと大騒ぎするのも大人げない。何でもカネで買えると傲慢な態度をとる人を見ると、悲しくなりますよ」。
ロングステイすれば、付き合いも深くなる。均せば純朴で情が厚い人が断然多いタイでは、割り切った付き合いなど成立しないと思うのが、第二の人生を楽しくする心構えであろう。